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2021/10/01『騎士』『希望』『太陽』

 ――ずっと、踊ることで生きてきた。


 家もなく、親もなく、一人きりで。

 毎日お腹を空かせ、それでも人通りのあるところで踊ることでほんのわずかなお金を得て、なんとか飢えることなく、生活できていた。

 同い年の子たちは、お金になりそうなものを売ったり、盗みを働いたりして暮らしている。

 この貧民街では、誰もが生きることに必死だ。

 せっかく稼いだお金がいつのまにか懐から消えていたこともあったし、関係のない喧嘩に巻き込まれることもあった。生活の拠点にしている場所を横取りされることだって。

 それでも仕方がないと思っていた。

 生きる意味なんて考える暇もない。ただ、命をつなぐだけの毎日だ。


 それが変わったのは、あたしがいつものように踊っていた時のことだった。

 びっくりするくらい綺麗な身なりの人が、あたしを見て「うまいねえ」と声をかけてきたのだった。

「――ねえ、貴方はどこで暮らしているのかな」

「……見ればわかるでしょ」

「両親は?」

「言うまでもないよ」

「ずっと、踊ってお金を稼いでいるの?」

「そうでもないと生きていけない」

 お金を払わないならどっかに行け。そう思っていたのだけど、その人はあたしに手を差し伸べて一言。

「うちの子どもにならないかい?」

 その言葉の真意を摑み切れないあたしに、笑いかけた。


 その人は、王族の一人なのだと、後で知った。通りで身なりが綺麗なわけだ。

 あたしのことを正式に養子として引き取ったその人は、一人の女の子にあたしを引き合わせた。

「娘だよ。仲良くしてもらえると嬉しいのだけど」

「初めまして」

 あたしと背丈が同じくらいのその子は、星屑のような光をまとったドレスを着ていた。

「今晩、お客様が大勢やってくる。二人には、その前で踊ってもらいたいのだけど。いいかな?」

「はい、お父様」

「……踊るって、さっきみたいにすればいいの?」

「ああ、そうだよ。お願いしてもいいかい」

「べつに、いいけど」

 王族相手にぶっきらぼうな喋り方しかできなかったあたしのことを、誰も怒らなかった。

 そして、その夜。

 あたしと夜空のようなドレスを着た女の子は、大勢の人の前に出た。

 女の子が、先に踊った。楽器の演奏に合わせて、静かなダンスを踊った。ふわりとスカーフを巧みに操り、流れるように舞っていた。

 拍手で満たされる会場。

 そこに、あたしは一人で立った。みすぼらしい恰好のままで。新しいドレスはどうかと言われたけれど、着慣れない服で踊るのは嫌だと断ったのだ。

 人々は、ざわついていた。笑い声さえ聞こえた。

 けれど、あたしが自分で歌を歌いながら踊ると、人々はわっと歓声を上げた。

 あの子の舞とあたしの踊りは違うけれど。手を叩いて跳ねてまわる、そんなものだったけれど。

 でも、人々は「素晴らしい」と叫んだのだった。


 ――踊りは、あたしにとっての生きる希望になった。


 あの夜以来、あたしは「太陽の踊り子」と、夜空のようなドレスを着ていたあの子は「月の踊り子」と呼ばれるようになった。そして、一躍有名人となり、様々な場所で踊りを披露することになったのだ。

 踊ることができれば、もう生活に困ることはない。

「ねえ、姉様、お話を聞かせて?」

「恥ずかしいからその呼び方はやめてって言ったでしょ、もう……」

 月の踊り子は、あたしのことを「姉様」と呼ぶ。どうやら、あたしの方が年上だったようで、その呼び名が定着してしまったのだ。

 あたしは彼女に、彼女の知らない世界を話す。貧民街の子どもたちのことや、安い食べ物を売ってくれるおばちゃんのこと、大変だけど楽しかった毎日のことを。

 その代わり、彼女は私の知らない世界を教えてくれる。食事のときのマナーや、偉い人の前に出ても恥ずかしくないようなお作法。そして、話し方。

 あたしにとって彼女は、「妹」というよりも「親友」のような存在だった。

 誰よりも心を許すことのできる、そんな人。


 もちろん、貧民街から王族の家に来たのだから、戸惑うことだらけだった。

 他の家に踊りに行くときに、乗り物に乗ることとか。護衛の騎士がつくこととか。

 まともに使えないカトラリーや、知らないマナーが多すぎることとか。

 けれど、困ったときにはいつも「妹」――彼女が助けてくれた。

 もう今は、この世界で生きていくことに慣れてきた。

「今日は隣国の王様の前で踊るんですって!」

 緊張した様子で馬車に乗る彼女に「いつも通りに踊ればいいだけでしょう?」と声をかける。

「そうね、姉様の言う通りだわ」

 ……その呼び方には、一生慣れることはできないのだろうけど。

 でも、もうドレスを身につけることにも違和感を覚えることはない。重い裾を持ち上げて馬車に乗ることも、護衛の騎士がすぐそばにいて微笑みを投げかけてくれることも。

「ねえ、姉様は今日もあの服で踊るの? もっときれいな服がいっぱいあるでしょう?」

「あの服で踊ることに慣れているしね。今日も服装は変えない」

 そう。踊るときだけは、貧民街にいたころの恰好になる。あのころと違って、腕飾りをつけるようにはなったけど、あたしの踊りにドレスは似合わないから。

「そうなのね。……あの服以外の恰好で踊っているところを想像できないし、その方がいいのかもしれないわね」

「さあ、出発しますよ」

 外からそんな声が聞こえて、馬車が揺れた。


 ――踊って、彼女と言葉を交わして、いつも笑顔で。

 そうやって、あたしはこれからも生きていく。

2021/10/02 13:16

重複表現があったので修正しました。

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