2021/09/09『苦い』『少女』『少年』
君の苦しみだけを、僕はよく知っている。
悲しいことにね。
僕は、君の笑顔を知らないんだ。
――ううん、違うな。
僕は、君の涙以外のものを、なにも知らないんだ。
***
「どうして泣くの」
僕と君が、初めて出会った日。
小さな少女だった君は、ぽろぽろ涙を流していた。
「だれも、話しかけてくれないの」
「だれも?」
「だれも」
オウムみたいに言葉を交わしたよね、僕たち。
「お父さんとお母さんは?」
「いないの」
「いないの?」
「いないの」
首を振って、君は俯く。
「お友達は?」
「ともだち?」
「友達。知らないの?」
「しってる。でも、いない」
「いない……。じゃあ、同い年くらいの子は?」
「いないの」
「いないの?」
「いないの」
「じゃあ、だれか、いるの?」
「あなたしか、いない。いまは」
「いまは?」
「いまは」
「じゃあ、いつもは?」
「いつもは、ひとり」
「ひとり?」
「ひとり。……でも」
「でも?」
君は、ふと顔を上げて、耳を澄ませた。
「たまに、だれかが、いる」
「だれかが?」
「だれかが」
「それ、だあれ?」
「しらない。見えないから」
「見えない?」
「見えないし、しゃべらない」
「しゃべらない?」
「しゃべらない。でも、いるの」
「……じゃあ、君が話しかけてみたら?」
君の涙を、指でそっとすくって、舐めた。
ほんのり苦い、味がした。
「……うん。そうしてみる」
君は、そんな声だけを残して、消えた。
「どうして泣くの」
次に会った時、君は静かに涙を流していた。
「知らなくていいことを、知ったから」
ほんのわずかに背が伸びた君は、話してくれた。
「私、話してくれる人がいなかったでしょ」
「いなかった」
「ばつなんだって」
「ばつ?」
「『カミサマ』が、『いうことを聞かないから、だれともしゃべっちゃだめ』って」
「『カミサマ』?」
「見えなくて、しゃべらない『だれか』だよ。話しかけたら、低いこえで『どうしてむししていたんだ』って、言われた」
「無視? なにも喋ってなかったのに?」
「しゃべってなかったのに」
君は首を振って、また口を開く。
「私が、そんざいをむししてたんだって。ここに『カミサマ』たるわたしがいたのに、話しかけなかったのはなんでだ、って。だからだれとも話せないばつを与えてやったんだ、って」
「……僕が思うにさ」
ふと、思ったことをそのまま言ってみた。
「そんなの、神様じゃない気がするな」
「……『カミサマ』は、神様じゃない?」
「うん。だから、言うことは聞かなくていいんだよ。それにさ、『カミサマ』はきっと、なんにもできないんだ。だからいばって、君を怖がらせようとしてるんだよ」
「なんにもできないって、なんで?」
「だって、いま、僕と君はこうやって話してるじゃないか」
「あ……」
涙を拭って、また舐める。
前よりも、ほんのり苦さが増している。
「だから、大丈夫。泣きたくなったら、また話しにきてよ」
「……うん。そうする。約束ね?」
そんな言葉とともに、君は目の前から消えた。
***
君と会ったのは、この二回っきり。
だから、僕は君が笑っているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、分からない。
けれど、一つだけ知っているよ。
きっといま、君は泣いていないんだ。
だって、泣きたくなったら会いに来るって、君は約束したもの。
君の涙の苦さを、そこに込められた苦しみを、僕は知っている。
だから、そっとひとつだけ、祈るんだ。
君がもう二度と、僕に会いにきませんように。
いちおう、『僕』と語る少年と『カミサマ』を名乗るなにかの正体や、少女の現状など、多少の設定はあるのですが、あえて分からないことだらけのまま、載せてみます。




