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2021/09/05『揺らぎ』『科学』『正義』

『別に私は科学が本当に存在するか否かを考えるために大学に入ったわけじゃないから!』

 スマホの向こう側で、むきになって叫ぶ友人の声を聞きながら、「はいはい」と宥めるように口にした。

「それは分かったから。でも、楽しそうに『科学的実在論論争なんてのがあってね』って言われたら、専門じゃない科目の学びも面白いのかなーって思っちゃうじゃん」

『そうだけど! だってそれって『自分が信じていたものが揺らぐ瞬間』のひとつじゃない? 興味津々で話を聞いちゃうでしょって!』

 ――信じていたものが揺らぐ瞬間、か。

「ねえ」

『ん?』

「それってさ、自分の価値観が揺らぐ瞬間でもあるよね」

『そうだねぇ』

 呑気な声が、なんてことないように返してくる。

「それってさ。あんたが学びたいことを変えた瞬間と同じじゃない?」

 尋ねた途端に、しんとした沈黙が降りてくる。

『……なんで』

「だって、そうでしょう? 昔は音楽について学ぼうとしていたじゃない。人の心を虜にするような音楽を作りたくて」

『でもっ……! その音楽で、お姉ちゃんは不幸になったの……!』

「覚えてるよ。姉妹でピアノをやってて、あんたの曲をお姉さんが弾いて。でも、お姉さんはピアノコンクールの舞台上で、持病が悪化して死んだんだ。あんたが作った曲を弾きながら」

『だったらなんで!』

 悲鳴のような声で、彼女は叫んでいた。

『なんでいまさら、そんなこと……!』

「……いや」

 言いながら、口角が上がっていくのがわかる。我ながら、嫌味な友人だな。私って。

「それまでのあんたにとって、音楽はある意味正義だったんだよ。誰もを幸せにするはずの、正しい行動さ。でも、お姉さんの死でそれが変わった。絶望の淵にいたあんたを救ったのは小説だったね。それで、小説家を目指している」

 言葉は、ない。

「あんたにとっての正しい道が――価値観が、変わった瞬間だよ」

『……もう、切る』

 掠れそうな声だった。

「まあ、価値観はそれだけ揺らぎやすいってことなのかな。またかけるよ」

 途中で切られたけれど、私は意地悪だから、最後までしゃべりきってやった。まあ、聞こえてないだろうけどね。

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