2021/08/29『青』『戸惑い』『冷たい』
耳たぶに踊るのは、鳥籠に入った青い鳥。
「あのね、やっと見つけたんだよ、『青い鳥』」
神保町の喫茶店に私を呼び出したあの子は、ゆらゆら、イヤリングを揺らして笑いかけてきた。
「……よかったね」
にこり、笑ってみせた。向かいに座る、あの子の夢を壊さぬように。
「えー、あんまり嬉しそうじゃないよ」
「そんなことないって。ただ、びっくりしちゃって」
「そっかあ、まあ、そうだよねぇ」
私の薄情さを戸惑いと読んだあの子は、澄んだ目でこちらをを見つめる。
「ねえ、どんな『幸せ』を呼んでくれるのかな。どんないいことが待ってると思う?」
「きっと、希が思う幸せがやってくるんじゃないかなぁ」
言いながら、手元のクリームソーダを飲むふりをして、すっと目線を逸らす。
純粋なあの子と、目を合わせたくなかった。
鳥籠に閉じ込められた、青い鳥を見つけたのは、私だ。
百円均一の店で、たまたま見かけたイヤリング。最初は見逃してしまいそうだったが、青いきらめきにあの子のことを一瞬で思い出したのだ。
『青い鳥を見つけて手に入れれば幸せになれる』なんて、そんな話を未だに信じているあの子。
そんなどこまでも純粋なあの子を、好きな私。
……そう。恋愛対象として、好きだ。
最初はただの同級生、お友達のはずだったのに。あの子の澄んだ目と、常に幸せそうな表情と、混じり気のない心が、私のことを惹きつけて離さない。
いつの間にか、あの子のことを、一番大切にしたいと思うようになっていた。
だから、私は教えたのだ。あの子を好いている男子に。「百均にある、青い鳥が鳥籠に入ってるイヤリング。それを、希にあげてごらん」と。
男子は戸惑っていたみたいだけど、「それ、希がずっと探してたものだから」と説明すれば納得された。
「青い鳥か、そっか……。ありがと」
「分かってると思うけど、自分で見つけたことにしなさいよ?」
「……君から許可も降りたことだし、ありがたく、そうさせてもらうよ」
そんな会話をして、男子はあの子にイヤリングを渡して、今に至るわけだ。
青い鳥を見つけることが、あの子の幸せ。
幸せを叶えてくれた相手のことならば、あの子だって好きになると思うのだ。二人がお互い好き同士になれば、付き合うことが二人の幸せになる。
それでいい。私は、それを陰でバレないように応援するだけでいい。
私の好意を伝えたところで、きっと、あの子は幸せにはならない。
あの子の『好き』は、私の『好き』とは違う。
今日、あの子に呼び出されたとき、青い鳥の話になるだろうって想像はついていたから。
私は身を引こうと思った。
あの子に冷たくして、あまり喜ばず、反応も薄くして。そうやって、あの子から離れようって。
鳥籠に閉じ込められた青い鳥は、持て余した翼で何処へ羽ばたこうとするのだろう。――きっと、どこにもいかない。心清らかな乙女のために、身の内にある幸福を差し出す。
幸福を手に、あの子はなにを願うのだろう。――きっと、なにも願わない。あの子自身はなにも望まず、けれど青い鳥がそばにいるから、自然と幸せが寄ってくる。
……そんなことを考えるなんて、私まで『青い鳥』を信じてるみたいじゃないか。
「――ねえ、聞いてる?」
「……ああ、ごめん、ちょっとぼんやりしてた」
「もう、いっつもそうなんだから」
そう言いながら、頰を膨らませて不服そうなのに、どこか楽しそうだった。
「……で、なあに?」
「本当に聞いてなかったんだね……。本題は、青い鳥を見つけたことじゃないってことだよ」
「……ええ!?」
想像もしなかった言葉に、戸惑いが隠せない。
「じゃ、本題ってなんなの?」
「……私が思うにね、私だけで二匹も『青い鳥』を持つのは、流石にちょっとなぁ、って。欲張りすぎ、取りすぎな気がしたの。だから」
そう言うなり、あの子はおもむろに片耳からイヤリングを外して。
「……この子は、あげる。私は、片方で十分だから」
そっと、青い鳥を差し出した。
「誰にあげようかなぁって、ずっと迷ってたの。これをくれた子に渡そうかとも思ったけど、よく考えたら……私の一番大切な人って、涼じゃないかなって」
「……せっかく手に入れた大切な青い鳥でしょ。独り占めしたってばちは当たらないよ」
「ううん。たとえばちが当たってもいい。それでも私は、涼にこれを渡したいんだよ」
たった五十円の、青い鳥。
そんなものでこんなに心が揺れるなんて、思っていなかった。
「私、涼のことが好きなんだもん。涼につけててほしいんだもん」
その『好き』は、私の『好き』とは交わらないでしょう?
それなら、早く私のことなんて見捨ててよ。わざと冷たく当たる私を、希のようには純粋でいられない薄汚い私を――。
意味もなく、クリームソーダをかき混ぜる。
「……そうだよね、突然私に『好き』なんて言われても困るよね……割と本気で、付き合ってほしいくらいには好きなんだけどなぁ」
私のこと、『好き』じゃないよね。
あまりにも悲しそうな声に、はっと顔を上げた。
泣いていた。
涙までもが、透き通っていた。
どこまでもまっさらで、綺麗な女の子だった。
――純粋なままでいてほしい。
――『青い鳥の幸せ』を信じていてほしい。
そう思うよりも先に、喜びが押し寄せてきた。
――あの子の『好き』と私の『好き』は同じで。
――あの子の『青い鳥』と私の『青い鳥』も同じで。
自分に嘘をつく必要も、冷たく振る舞う必要も、なかったのだ。
私がするべきことは、ひとつだけ。
震えるあの子の手から、『青い鳥』を受け取った。
あの子と同じに、耳たぶにそれをつけて。
「ありがとう。指輪の代わりにいいかもね、これ」
希は、目をまん丸くして、そして。
「『青い鳥』を見つけて手に入れたら、幸せになれる。――本当の、ことだったんだね」
今までに見たことがないくらい、幸せそうに、笑った。
2021/08/29 22:07
重複表現があったので修正しました。




