2021/05/29『科学』『占い』『暴力』
会ったら、どんな罵声を浴びせてやろうかと思っていた。どんな暴力でも振るってしまいそうな気もしていた。あるいは、とことん無視してやるかもしれないとも考えた。
なのに、そのひとに会ったとき、私はそのどれも、行動に移せなかった。
ただ、憎たらしいのに愛しい名前を、呼ぶだけで。
そのひとは、私をとことん振り回した恋人だった。
なにか一つの分野を極めては、結果を出し、なのにあっさり投げ捨て、また新たなことを始めるような、そんな気まぐれなひとだった。一つ所にその身を、心を、落ち着けることのできないひと。
最初は、毎回私も応援していた。けれど、そのうち疲れ果ててしまった。
なかなか家に帰っては来ないし、たまに顔を出してもあまり言葉を交わすこともない。そんな結婚生活は、正直言って楽しくなかったのだ。いや、辛かった。ときにはそのひとを憎んだりもした。
「……疲れてるね。多分このままだと、金属疲労で折れたネジみたいに、心が壊れるよ」
友人にそう言われたのもあって、結局、離婚してしまった。
けれど。
いま、科学を極めて博士と呼ばれるようになったそのひとに再び会って、私は、ようやく気がついた。
たとえ離れ離れでも、結局私は、そのひとのことを考えずにはいられなかったのだ。
高名な写真家としてテレビで紹介されていたときも、天才音楽家としてラジオで楽器を演奏していたときも、よく当たると話題の占い師としてSNSで有名になったときも、ずっと、ずっと。
離婚する前から、たった今まで、私は結局あのひとのことを思い続けてしまっている。心のどこかで応援し続けてしまっている。
あんなに辛くて、憎かったのに。
「久しぶり。元気だった?」
そんな一言。
たったそれだけで、なぜだろう、視界が歪む。
「……今更なによ、ばーか」
「あはは、元気そうだね。よかったよかった」
なんでも分かっているとでも言いたげな口調には苛立つけれど、やっぱり、嫌いになれない。




