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2021/05/15『会社』『雪』『星』

 考えるから苦しいのだと、思考を放棄したのはいつのことだったのだろう。

 分からないけれど、会社で上司のいうことを聞いて、どれだけ余裕のないスケジュールを組まれても、他の人よりも負担を強いられようと、ただ言いなりになっていた。

 誰も文句は言わない。操り人形のようになってしまえば、上司の手のひらで踊らされていることは、辛くはなかったから。それが当たり前だと思ってしまえば楽なものである。


「――違う」


 そんな日常に一石を投じたのは、ひとりの新人社員だった。

 そのひとは髪が昼の月のように銀色に輝いていて、目がほんのりと赤かった。肌も夜中に静かに降り積もる雪のように色白で、身につけている服さえもが白かった。

 いつでもその顔には微笑みがあって、目はなぜだか眩しそうにすぼめられていたけれど、そのわずかに見える瞳にはきらめきが宿っていた。

 ――ああ、こんなに美しいひとが来てしまったのか。

 そう思うと、ちょっとだけ胸が痛かった。

 きっとこのひとも、やりたいことをこの会社に見出してやってきたのだろうな。

 そして、進んで上司の言いなりになって、あの美しさはすぐに穢されてしまうだろう。

 甘い匂いに誘われてやってきて、気がつけば異常な世界を当たり前だと感じるようになってしまうのだろうな。そして、異常だと気づいた時には、もう全てが手遅れになってしまって、逃げることもできず、考えることを捨ててしまうのだ。

 ――僕ら、みたいに。


「おかしいと思わないんですか、先輩は」


 そのひとは、赤い目で僕をまっすぐに見つめて、そう言った。

 諦めたほうが楽だから、なんて、とても言えたものではなかった。

 この会社をひっくり返したい、とそのひとは語ってくれた。できないのならばせめて、ぶっ壊したい、と。

 逃げ出す勇気すらない僕にとって、その言葉は衝撃的なものであったとともに、光となった。

 道標となる星のように、僕の心の中で、眩しく輝き始めた。

 放棄した思考を取り戻し、苦しさや辛さと向かい合うための強さをくれたのは、支えとなってくれたのは、そのひとだった。


奴ら(上司)の言いなりになんて、本当は、なりたくないんだ」


 気づかないうちに思考とともに捨てていた、自分の意思を取り戻した。

 ここがきっと、異常な日常を塗り替えていくための、第一歩だ。

2021/05/16 22:39

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