2021/05/08『辛い』『紅茶』『時間』
ねえねえ、あのね。
私だけの秘密、教えてあげる。
ほら、耳を貸して。いい?
――私の通う小学校には、ちょっと不思議な司書さんがいるんだよ。
***
ちょっと白髪の混ざった、紅茶色の短い髪の毛。細い釣り目に、優しい笑顔。
そんな司書さんの名前は、福山舞。名札には、そういう風に書いてある。
でもね、司書さんが言うには、それは「本当の名前じゃない」んだって。
「私はね、福山彩っていうの。舞っていうのは、私の双子のお姉さんの名前」
「じゃあ、どうして名札にはお姉さんの名前が書いてあるの?」
「うーん、説明しづらいんだけどね……私ね、本当は何十年も前に、病気で死んでいるのよ」
病気で死んでしまった「福山彩」の魂が、双子のお姉さんである「福山舞」の体に入っている。つまり、「福山舞」という一つの体の中に、「福山舞」と「福山彩」の、二人分の魂が一緒にある。そして、今表立っているのは「福山彩」の方――。
そんな説明を、司書さんはしてくれた。
「どうして、今は彩さんの方なの?」
「司書になって働きたいっていうのは、私、彩の夢だったから」
「じゃあ、舞さんの夢はなんだったの? 舞さんの夢は、叶ったの?」
「舞の夢は、学校の先生になることだったわ。そして、私たちは昔、この小学校で先生をしていたことがあるの」
「すごい! 二人とも、やりたいことをできたんだね!」
人気のない、放課後の図書室で。
私と司書さんは、毎日のように話をしていた。
本を読みながら少しおしゃべりするだけの時もあるし、読書なんかそっちのけでお話しすることもあった。
いつ、どんなときでも、どんな話でも楽しかったけど、私が一番好きでよく聞いていたのは、司書さん――福山彩さんの、魔法のことなんだ。
福山彩さんは、魔法使い。
これが、私の一番の秘密。
「普通はね、一人の体の中に二人分の魂が入ることなんてできないの。それができるのは、私――彩が魔法を使えるからよ」
「司書さん、たくさんの魔法を見せてくれるもんね。古いボロボロの本を一瞬で綺麗にしたり、動く絵本で読み聞かせをしてくれたり、他にも夢みたいなことをいっぱいするんだもん。いいなぁ。私も司書さんみたいに魔法使いだったらよかったのになぁ」
魔法を使えるって、本当に素敵だと思うんだ。普通ならできないことも、魔法使いならできるんだよ。
でも、ね。
私が司書さんのことを羨ましがるたび、司書さんはなんだか、苦しそうに笑うんだ。
「……ねえ、しおりちゃん」
「なあに?」
「魔法にもね、できることとできないことがあるの。例えば、時間を巻き戻すことは、物に限ってはできるけど生き物にはできない。死んだ人を生き返らせることもできないし、死にかけている人を助けるには、自分の命を削らないといけない」
「……うーん……?」
「ちょっと、難しかったかな。でも、これだけは知っていて欲しいの。誰かを助けられるかもしれない力を持っているのに、助けられないことがある……それは、本当に辛いことだっていうことを」
そのとき、ふと、思ったんだ。
魔法が、本当になんでもできるものだったなら。
何十年か前、病気になってしまった彩さんは、自分でそれを治して元気になって、今も「福山彩」として、生きることができたんじゃないかって。
***
……はい、これでおしまい。
ちょっと、「どうせ嘘でしょ?」なんて言わないでよ! 本当のことなんだから!
えっ? もう少し聞きたい?
うーん……どうしようかな。
……あっ、そうだ。
それじゃ、今度、司書さんが話してくれたお話を、みんなに聞かせてあげるね。




