表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
384/430

2021/03/14『電話』『夕陽』『森』

 それは、あまりに場違いな場所に存在していた。

 広い森の、奥深く。ちいさな広場の、真ん中に。


 公衆電話ボックスが、夕陽に照らされ、ポツンとそこに立っていた。


『黄昏時に、森の中の公衆電話のもとへ行き、受話器を取ってお金を入れれば、望む場所、時に行くことができる――』

 そんな噂を耳にして、少女はそこにやってきた。

「……本当に、あったんだ」

 ボックスの中に入ってみる。目の前にあるのは、よく駅で見る、緑色の電話。

 受話器を取って、100円玉を、いち、に、さん……。

《30分でよろしいですか?》

 突然響き渡った若い女性の声に、少女は息を呑みつつ「はい」と言った。

《それでは、どちらへ行きましょうか? おやめになるなら、受話器を下ろしてください》

 ――噂は、本当だった。

 高鳴る胸を、深呼吸をして落ち着けて。

「1年前の今日この日、いけふくろうの前に、11時45分……お願いします」

 少女ははっきりと、祈るようにそう言った。

《では、2020年3月14日、11時45分、いけふくろうの前に。あなたの存在に周囲は気づくことはありません。声も姿も、意味を為しません。それはよろしいですか?》

「はい」

《30分が経てば、強制的に現在へと連れ戻されます。それも構いませんか?》

「はい」

《――それでは》


 森の木々に止まっていた鳥たちが、なにかを感じ取ったのか、一斉に飛び立ちいなくなる。

 そして次の瞬間、公衆電話ボックスが、突然白い光に包まれて。

 光が消えたとき、その中に少女の姿はなかった。


 あまりの眩しさに目を閉じた少女が、再び目を開けたとき。

 そこは、森の中ではなくなっていた。

「いけふくろう……あそこに私がいて、待ち合わせの相手を待ってたんだ。お昼の12時に、4人で一緒に会おうって……」

 少女の目の前には、1年前の少女がいる。

『……まだかなぁ。到着の連絡、した方がいいかなぁ。向こうから連絡が来るまで待とうかなぁ』

 スマホを片手に、何度も時間を確認しては、あたりを見回す。いけふくろうを待ち合わせ場所にする人は多く、人が現れては立ち去り、いなくなってはやってくる。

 けれど、待ち人たちはなかなか来ないのだ。

 今の少女は、知っている。待ち人のひとりと会えるのは、待ち合わせ時間の3分後であること。そしてその後、残りの2人とも出会って、共に昼食を取るのだ。

 1年前の少女は、音楽を聴いて時間を誤魔化している。でもそれは、時がゆっくりとしか過ぎないことを少女に教えただけで、無意味だった。

 過去に飛んでから、17分。12時2分に、1年前の少女のスマホが揺れた。メッセージが届いたのだ。

『着きそうですか?』

『連絡が遅くなってすみません。もう着いています』

 そしてその1分後に、彼女らは見覚えのある背中を見つける。待ち人だ。

 1年前の彼女は、悪戯心を抱えながら、後ろから肩を叩いて待ち人を驚かせ。

 少女はバレないことをいいことに、思い切り待ち人に抱きついた。

「……会いたかったです、あなたに」


 少女は今、東京から遠く離れた場所にいる。

 昔は都心に住んでいたこともあって、東京で遊ぶことも多々あった。Twitterで知り合った人ともよく会った。この待ち合わせも、オフ会のためだ。

 けれど、4月に引っ越すことが決まっていた少女は、分かっていた。

 これが最後に待ち人たちと会える日なのだ、と。


「……寂しかったんですよ、会えなくって。仕方ないって分かっていても、ネットでの繋がりはあっても……もっと直接お話ししたかった。表情や仕草を見ながら、言葉を交わしたかった。皆さんのこと、あなたのこと、大事に思っているから。大切な人だから」

 つい少女は本音を吐露してしまったが、やはり周囲には聞こえていないらしい。待ち人は肩を叩かれたからか一瞬驚いて、でも『びっくりしたぁ……こんにちは』と、1年前の少女だけに笑いかけた。

 今の少女には、見向きもしない。

 それでも、少女は幸せだった。

 大切な人と、再び会えたから。


 他の2人とも合流し、昼食を食べようと雨の池袋を歩いているところで、少女の意識はふっと途切れて。

 気がついたときには、あの森の公衆電話ボックスの中だった。


《いかがでしたか?》

《またのご利用をお待ちしております》


 ツー、ツー、ツー。


 少女は受話器を置き、森へと出た。

 黄昏時は終わり、サファイアを溶かし込んだような空には、星がまたたいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ