2021/03/05『紅茶』『理想』『暮らし』
「友達と一緒に、おしゃれなお店でアフタヌーンティーをするのが夢だったんだ!」
そう言って紅茶を啜る彼女は、とても幸せそうだ。
目の前には、白磁のティーポットとティーカップ。そして、美しい皿にのせられたカップケーキ。
「あたしは、あんたの夢がかなった瞬間に立ち会えて光栄だよ」
皮肉でもなんでもなく、素直に思ったことを口にすると、彼女は照れたように笑った。
「ほんとは、毎日家で優雅に紅茶を楽しめる時間があるのが理想なんだけどさ。なんだか素敵な暮らしだなあって昔から思ってて……でもなかなか忙しくてかなわないから」
「たしかにそうだよねえ。理想とは程遠い日常だなあって、ほんとに思うよ」
そっと小さなため息を落とす。ソーサーの上に置かれたスプーンが、かたりと揺れた。
「ねえ、今度の休みには一緒にバーに行かない?」
「どうしたの、突然」
あたしの提案に、彼女はこてりと首を傾げる。
「いや、昔から行ってみたいところがあってさ。そこに友達と一緒に行くのが夢なんだ」
ほんとは毎晩、好きなウイスキーでちまっと晩酌するのが理想の暮らしなんだけど、実際は疲労困憊ですぐベッドに倒れこむのがオチだし。
「私、あんまりお酒強くないんだけどなあ……まあ、あなたとなら、いいかな」
「ありがと。無理に飲ませないようにはするからさ。約束だよ?」
「うん!」
可憐な笑みを浮かべる彼女に「ありがとう」と返してから、カップケーキのてっぺんに乗っている真っ赤なチェリーを口にする。
甘い、幸せの味が広がって、あたしのことを包み込んだような、そんな気がした。




