2020/12/30『毒』『冷たい』『退廃』
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優弥 @―― 4秒前
あなたに会いに行くよ。
だからそこで待っていて。
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ふと、Twitterに流れてきた、そんな言葉。
創作をする友人の、短い呟きだった。
「……誰に会いに行くんだろ」
気になって、リプライを飛ばしてみた。
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ひろ @~~ 3秒前
返信先:@――
待ち合わせ?誰と合うの?
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返事は、すぐに来た。
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優弥 @―― 5秒前
返信先:@~~
夏樹君に会うんだ。きっと彼なら**駅にいると思うんだよね。
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「――うそ」
言葉が、こぼれ落ちる。
どうしよう。どうしたらいいんだろう?
答えが出る前に、体は動いていた。
優弥に会うために。
優弥を、現実に引き戻すために。
***
創作を趣味とする優弥は最近、長編小説を書いているらしい。
少し前には『今日は5,000字ぐらい進んだ』とか『今、パソコンに向かっていたら、この後の展開が一気に頭の中で映像になって流れてきた。すごい衝撃。なにこれ』などとTwitterで書いていたのだけど。
・・・
優弥 @―― 2020年9月12日
この間Twitterで見かけた「登場人物にインタビューする」っていうのをやってるんだけど、すごくいい。めっちゃ設定がスラスラ出てきたり、逆に詰め切れてないところが分かったりする。
優弥 @―― 2020年10月7日
あーあ、登場人物たちに会えたらいいのにな。
そしたら、分かんないこととか全部聞けるのに。
優弥 @―― 2020年11月24日
いないって分かってるのに、会いたくなるのはなんでなんだろう。
そんなの、そんなの、しんどいじゃん……。
優弥 @―― 2020年12月16日
空耳だと思うんだけどさ、登場人物の声が聞こえた気がしたんだよね。
すっごく、嬉しかった。
優弥 @―― 2時間前
あなたに会えないかな。
声はずっと聞いているのに、会えないなんてさみしいよ。
・・・
「空耳」のツイートを見てから、もしかしたら、と思っていた。
――あの子はもしかしたら、退廃に向かって突き進んでいるんじゃないかな、と。
会ってはいないけれど、精神状態がどんどん健全ではなくなっているような気がして。
優弥はもしかしたら、『創作中毒』のような、そんなものになっているんじゃないかっていう気がして。
その予感は、さっきの返信で確信に変わった。
何故って、優弥は『夏樹君に会う』と言ったのだ。
――優弥が書いているという長編小説。その主人公の名前が、夏樹だった。
***
「――優弥!」
電車を降りて、名を呼んだ。
人気のないホームに、佇んでいる一つの影。
「あ、ひろ。どうしたの? そんなに慌てて」
「優弥、Twitterで……」
言葉がうまく出てこない私に、優弥は「ああ」となんてことないように言った。
「夏樹君のことかな。それでここまで来たの? すごい行動力だねえ。ひろも、会ってみたかったんだ」
息を、飲んだ。
優弥の片手は、見えないなにかを摑んでいる。
まるで、誰かの手を握るように。
「紹介するね。彼が夏樹君だよ」
にこり。
優弥が嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。
「――!」
思わず、優弥の手を、思い切り摑んだ。
あまりに冷たくて、人形みたいで。
怖くて、強く握りしめた。
「ねえ、優弥はどこにいるの。物語の世界に行っちゃったの?」
「なに言ってるの、ひろ。ここにいるよ。わたしもひろも、夏樹君も、みんなここにいるじゃん」
あと痛いからそれやめて、と私の手をゆっくり引きはがす優弥。
優弥の手には、赤いミミズのような痕が幾筋かあった。
――ああ、これは。
きっと、本当のことを言っても信じない。
「どうしたの、ひろ。急に固まっちゃって」
そういう声には、純粋な疑問しかない。
優弥は、現実と非現実の狭間に、落ちてしまった。もう、私の手が届かない場所に。




