表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
369/430

2020/12/09『路地裏』『高層』『理想』

 ちらちら、ちらちら、雪が降る。


「ねえ、理想を追うって、苦しいんだよ」


 頰にあたって、空から降り注ぐ白は透明に変わっていく。冷たい、けれど拭えない。


「でも、諦められないんだ。現実を見つめることができない。理想を、捨てられない」


 高層ビルに囲まれた路地裏。建物の影は、路地裏にある全てのものを包み込んでいる。


「今……理想と現実の狭間の、ちょうど真ん中にいるんだ。一番、谷が深いところ。そして、そこから這い上がることができない」


 つい、手を伸ばしてしまう。けれど、なにも摑めない。届かない。触れた雪が体温で溶けていくばかり。

 ため息をついて、手を引っ込めた。


「分かってる。狭間に落ちた自分に手を差し伸べられるのは、自分だけ」


 ……空から差し伸べられる手を待っている。高いビルの上から――谷の上から、のぼっておいでと向けられる救いの手を。

 けれど、なにも起こらない。


「手を差し伸べるべき自分さえ、自分がどこにいるのか分かっていない。理想側の淵にいるのか、現実側の淵にいるのか。だから、なにもできない。自分からは、逃げられないのにね」


 頰をつたうのは、溶け出した雪か、それとも――。


「……あれ?」


 そっと、再び手を伸ばす。

 今度こそ……なにかを摑むために。


「……!」


 届いた。

 あふれて、こぼれて、落ちていく涙は、あたたかい。

 ぬくもりは、胸の中に巣食っているなにかを吸い取っていったようだった。


「私が欲しかったのは……そっか、焦らずに休める時間、だったのかな。自分と向き合うのも、急ぐ必要はなかったんだね。ゆっくりで、いいんだ……」


 摑んだものを、手放すまいと強く握りしめる。


「……大丈夫。前を向けるようになるまで、歩き出せるようになるまで、のんびり休んでいよう。焦る必要はないんだよね」


 笑みが、自然と浮かび上がる。

 日の向きが変わったのか、一筋、谷間に光が差した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ