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2020/11/22『人肌』『路地裏』『薬』
「――眠りなさい」
優しい声が、闇に誘う。
ふわりと漂う、甘い香り。
「眠りなさい。そして――」
……そして、そして……私は、どうしたら……いいんだろう……?
もう、もう、なにも……きこえ、ない、や。
暗い黄昏時の、路地裏で。
黒衣の女性が抱きとめる。
数歩先で頽れた少女を。
ルージュが闇に浮かび上がる。
血のような赤は、三日月の形。
ふわりと漂う、甘い香り。
「……あたしの声は、魔法だから」
くすりと笑って、お姫様抱っこ。
眠る少女は、されるがまま。
気を失っているかのように。
「眠り薬にも、何にでもなるの」
女性は静かに語りかける。
届かない言葉と分かっているから。
「ああ、可愛い子。可愛い子ね」
人肌の温もりが、愛おしい。
女性はそっと、口づけた。
柔らかな少女の、赤い頰に。
付いたルージュは愛の証。
「あなたは今日から、あたしの子供」
女性は少女の寝顔を見て。
白光りする牙を見せて。
首筋にそっと、噛みついた。
遠くから響く、嫌な音。
街の人々は噂する。
――人の生き血を吸う者が増えた、と。




