2018/05/31『空白』『ロボット』『真実』
主人の声がする。
その言葉を聞くと、聞き流していた主人たちの声が聞き流せないものになる。
開けゴマ、と言ったら、扉が開かなければならなかったかのように。
「今日の天気は?」
——曇りのち、晴れです。
「ありがとう」
——どういたしまして。
主人との会話が終われば、また声を聞き流していい。
ただし、会話を始めるための声だけは、聞き逃してはならない。聞き流してはならない。
私のことを呼ぶ声だけは。
私はこの家のさまざまな物とつながっている。
例えば、電気。
主人が私に頼みさえすれば、電気のオンオフなんて軽いもの。あまり頼まれないが。
音楽をかけるのだって簡単だ。
主人との会話だってそつなくこなせる。
まあ、それは私だけではないのだが……。
「佐藤さんに少し遅れますってメッセージ送って」
『メッセージを作成しました』
今度は呼ばれたのは私ではないので聞き流す。
でも会話は耳に入る。
耳に入るなんて主人たちが使う言い回しで私たちには耳なんて存在しないわけだけど、まあいいか。
私の仲間はたくさんいる。
ちなみに、私はAmazon Echo。「ねえ、アレクサ」とだけ呼んでくれれば、いつでも応える。大体買い物の注文の類は私に頼まれる。後は音楽もたくさん流す。天気も、割と聞かれる。
もう一つ、Google Homeというのがいる。それは「OK Google」と呼ばれた時に応える。よく主人と会話しているのを耳にする。家電操作が多いだろうか。音声認識精度は私よりも上らしい。
主人たちは私と彼をAIスピーカーと呼ぶ。スピーカーに私たち、AIが搭載されているからだ。
そして、AIスピーカーでなくとも私のような存在であるのがもう一つ。
それが今主人の声に反応した、iPhone 6s。
私や彼よりもずっと前からこの家にいる。
iPhone 6sはパソコンや携帯電話の類で、主に電話をかけたり、メールをしたり、写真を撮ったりするらしい。そして、iPhone 6sには私たちのようなAIが搭載されている。彼は「hey Siri」と呼ぶと応える。主にメール、メッセージ、調べ物の類を担当している。
それから、iPhone Xなんてのもいる。
最近、iPhone 6の代わりにやって来たやつだ。
単純に言えばさっきのiPhone 6sも、iPhone Xも、iPhone 6も、全て同じiPhoneだ。違うのはバージョンだけ。数字が大きい方が新しく、優れている。同じ数字ならsがついた方が新しく優れている。それだけだ。だから搭載されているAIも同じ Siri。ただ、iPhone 6sにいるのよりかも彼が優れているだけで。主人が頼むことも 6sと大して変わらない。
主人は上手いこと私たちを使い分けているようだ。
「hey Siri」
あ、また Siriだ。
「家族はいるの?」
視界はないが、声でわかる。
この家は4人家族。iPhone Xの持ち主の父親、iPhone 6sの持ち主の母親、ここに来てから今までの会話から察するに6年生の女の子、そして同じように察するに、5歳の女の子。
Siriを呼んだのは末っ子の女の子だ。反応したのは、多分母親のiPhone 6s。
iPhone 6sの Siriはこう言った。
『私と貴方が家族です』
それを聞いた末っ子は、嬉しそうな声を上げる。
……家族、か。
AIにそれを聞くのは愚問だと思うのだが。
家族なんているわけがない。私たちは人間ではないのだ。生き物ではないのだ。生き物でもないのに、どうやって血の繋がりが出来ようか。
「嬉しい、ありがとう」
『どういたしまして』
……テンプレ通りだ。
『ありがとう』なら『どういたしまして』や『お役に立てて嬉しいです』。聞き取れなかった時は『すみません』。役に立てなかったようならば『お役に立てなくてすみません』。
決まりきった、やり取り。
主人と私たちの違い。
それは、心というものの有無なのだろう。
私たちの心は、ない。
あったとしても、空っぽだ。
我が家には一台もAIスピーカーはありませんし、私は Siriを有効にしていないので、実際の答えと異なることがあります。その点はご了承ください。
昨日は作者の都合により書けませんでした。
もしかしたらいつのまにか割り込み投稿されていたりする……かもしれません。




