2020/10/10『少女』『過去』『星』
――とうとう、やってきてしまった。
そんな言葉が、心の奥底から浮かび上がる。
目の前にあるのは、銀色の鉈。
これで、お前の背にある翼を切れ――そんな先人たちの声が、聞こえた気がした。
これは、今となっては遠い昔、私がまだ、大人になる前のこと。
星の降る夜、私は『その人』に出会ったのだ。
重い病にかかって、あまりに治療が辛くて、苦しくて、病院の屋上で一人空を見上げていたとき、『その人』は空から舞い降りてきた。
その背にある、黒い翼で。
「あなたはだあれ?」
少女だった私は、『その人』を怖がることなく問いかけた。
「わたしは、黒い翼の天使だよ。困ってる人や苦しんでいる人を見つけて、助けになってあげるのがお仕事なんだ。苦しんでいる子がいるなーって思って会いにきたんだ」
『その人』――黒い翼の天使の笑顔を見て、私は自分の病について告げた。闘病が辛くてたまらないことも。苦しくて仕方がないことも。
「……辛かったんだね。でも大丈夫。私がなんとかしてあげる」
黒い翼の天使は私の頭を撫で、そのままなにかの呪文を唱えた。
そのとき私は確かに実感したのだ。自分を苦しめる『なにか』が消え去っていくのを。重たかった体がふわりと軽くなるのを。
「……よし! これで治ったみたいだね。もう大丈夫だよ」
「ありがとう!」
「いいのいいの。これが仕事だもん。それじゃ」
またね、と黒い翼の天使は言いたかったのだろう。
けれど、私と黒い翼の天使との間に突如現れた銀の鉈が、それを許さなかった。
「――この鉈は」
そう呟いた黒い翼の天使の声は、震えていた。
「そっか……あなたが」
目の前にいる人は、私のことを真っ直ぐに見据えて、そして。
自ら、背にある翼を切り落としたのだった。
あの日、私は『その人』から翼をもらい、黒い翼の天使――黒翼の天使となった。
『その人』曰く、私は天使と人間のハーフである人の血を引いており、今までは『無意識に天使の力を行使していた状態』だったらしい。
言われてみれば、私の周囲では皆病気が早く治っていて、どうして私だけずっと入院しなければならないのか、と思った覚えがある。まあ、『暴走』であったために自分の病は治せなかったのだろう。
「この翼がある間は、力は暴走しないよ」と『その人』は言った。
「でも、あなた、今……翼を」
「……これは定めだから。もう、覚悟してるの。それにね、この翼も、先代から受け継いだもの。私のものではない。これまでも、そして……これからも」
『その人』の気持ちが今、ようやく分かった。
翼を失ったら、死ぬことになる。
そう分かっていても、私はやっぱり、目の前の子に翼を切って渡すのだろう。
――そんなことを考えるよりも先に、私は翼を切り落とし、目の前の少女に差し出していた。
2021/11/07 1:19
誤字があったので修正しました。




