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2020/10/04『ロマン』『紅茶』『伝説』

 エッセイを書き、出版することが決まった。

 小説家として物語を執筆している私にとって、それは慣れないことではあったけれど、担当編集者さんは私の書いたエッセイを読んで「これは売れますよ!」と言ってくれたから、それを信じることにしている。

 彼女の言葉は、魔法のようによく当たるから。


「……とっても素敵なお家ですね、茉美さん」

「ありがとうございます。大切な人から譲り受けた、思い出の家なので」

 その日、私の家には担当編集者とカメラマンが訪れていた。今度出すエッセイに使われる写真を撮るためだ。

「お茶を入れますから、ぜひ飲んでいってください。紅茶でいいですか?」

「ありがとうございます! あ、そうだ。あとで茉美さんが紅茶を飲んでいる写真を撮らせてください。このエッセイ、紅茶の話もありましたよね?」

「はい、ありますよ。確かにぴったりですね」

 担当編集者の言葉に頷いて、二人を家の中に通す。庭に出られるリビングへと案内してから、すぐ近くのキッチンに向かい、三人分のお茶を淹れた。


 紅茶を出すと、二人は嬉しそうに礼を言ってカップに手を伸ばす。

「この家、庭がすごいですね。草花が勢いよく、それでいて綺麗に、しかもこんなにたくさん生えているなんて。ここで紅茶を飲んで寛ぐ様子を撮りたいです」

 ロマンがあると思いませんか? というカメラマンさんの言葉に「ええ」と答えて、私も紅茶を一口。……うん、悪くない。

「――茉美さん、この庭……いえ、それだけでなく、この家って」

 担当編集者の彼女は、少しだけ言いにくそうにして、呟く。

「……ここは……魔女の家、じゃないですか?」

 その言葉に、瞠目せずにはいられなかった。


 彼女のいう通り、ここは魔女の家だ。

 前の住人――私の大切な人は、魔女だった。

 小さな頃、学校が辛かった時期に私を迎えてくれて、いつも一緒にコーヒーを飲んで、庭に植えられた薬草たちで薬を作ってくれて、そして。

 そして、魔女集会に出かけた後、不慮の事故で死んでしまった人。

 死の間際に「家はあげる。大切にしてね」という声だけを私に届けて、いなくなってしまった人だ。


「たしかに、ここは魔女の家です。でも……」

 どうして、彼女は前の住人が魔女だと気付いたのだろう。

「……この辺りでは、伝説になってますからね。この家の前の住人について。心優しい魔女がひとの子に手を差し伸べているって」

 彼女は、誤魔化すようにして笑った。

「へぇ、そうなんですか」とカメラマンは納得したようだが、彼女が何かを誤魔化すときの表情はもう何度も見ている。

「その伝説、後で詳しく聞かせてくださいね」

 そう言って、カメラマンにはバレないように、ほんのちょっとだけ圧をかけておいた。


 その後、様々な構図の写真を何枚も撮影した後、カメラマンだけがこの場を後にした。本当は担当編集者も一緒に帰る予定だったが、彼女が突然「茉美さんと打ち合わせをしたいので」と言い出したのだ。

「……さて、これでようやく二人きりですね」

 カメラマンの後ろ姿が消えた頃、彼女は呟いた。

「この家が魔女の家と分かった理由を知りたいんですよね、茉美さん」

「ええ」

 彼女は庭に向かい、薬草へと手を伸ばす。

「『同志』だからですよ」

「えっ?」

 一本だけ草を摘み取り、彼女は目の前でそれを薬に変えてみせた。かつて、ここの住人が私の目の前で見せてくれたように。

「魔女は、『同志』の気配を感じ取れるんです。薬草とただの草を見分けるのだって得意です。……にしても茉美さんには薬草の知識はないんですよね? なのにここまで草花が元気だなんて……奇跡的ですよ」

 あ、これは頭痛に効きますよ。そう言って彼女は、私に出来上がった薬を手渡してきた。

「……あなたも、魔女だったんですか?」

「まあ、そうなりますね」

「だから、あなたの言葉は魔法のように当たるんですね?」

「魔女の直感は外れませんから」

 ふふ、と彼女が笑う。それにつられて、私も思わず笑みを浮かべた。


「ねえ、茉美さん。たまにでいいですから、ここに遊びにきてもいいですか?」

「ええ。あなたのいう通り、私は薬草には詳しくありませんから、色々知りたいですし、それに……あなたの魔法を、もっと見てみたいんです」

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