2020/10/01『恋人』『緑』『天災』
辺り一面、全てが緑だった。
壁も、床も、机も、椅子も、それに腰掛ける人も。
全部、すべて、緑だった。
その中で、一人の男だけが緑色でないのを、私は見ていた。
「……おや?」
緑色の人がこちらを振り返り、男をじっと見つめている。
目が合った、と直感する。
「変だなぁ、君は色がおかしいね?」
明日から立ち上がる緑色の人に怯えて、男はジリジリと後ずさる。
「おや、逃げなくてもいいんだよ? 取って食おうってわけじゃないんだ」
緑色の人はそう言うが、緑色の目は、餌を目の前にした猛獣のようにぎらぎらとしている。
その人は一瞬で緑色の虎に変身し、男に飛びかかって、その恐ろしさに思わず目を閉じて……。
……目を開けた時、そこは荒野に変わっていた。
色は緑づくしなんかじゃなく、普通の風景だった――家やビルや木々が倒れ、朽ちていることを除けば。
「どうして……なんで、こんなことに」
目の前にいる女性が、かすれた声で呟く。
久々に故郷へと帰ってきたら、まさかこうなっているなんて。
「お父さん……お母さん!」
目の前にある家(だったと思われる瓦礫)を見つめていた女性だったが、突然そう叫んで、瓦礫の山をかき分け始めた。
もちろん、素手でそんなことをしたら怪我をしてしまう。けれど、そんなことなど気にせず、女性は家の中から両親を助け起こそうとしていた。
「……ああ、いた! はやく、早く逃げよう!」
女性は両親を見つけると、二人を助け出そうとした。けれど。
「早く……私たちを置いて逃げなさい! 津波が来るわよ!」
その母親の言葉が聞こえるか聞こえないか、というところで、真っ黒な波が両親を、女性を、私を飲み込んでいく。
苦しくて、真っ暗で、でも、その中で溺れ死んでいく両親と女性を見て、私も目を閉じ、意識を手放して……。
……目を開けると、そこは結婚式会場だった。しかも、私は新婦として真っ白なウエディングドレスを見に纏い、恋人に結婚指輪をつけられているところだった。
私も彼の左手薬指に指輪をはめて。
そっと、優しい口づけをしようとした、その瞬間。
指輪が、指が、服が、床が、全てが、突然緑色に変色してしまう。
「あれ、どうしたの?」
彼はなんにも起こっていないかのように微笑む。その緑色の顔で。
あたりを見回すけれど、祝福してくれる人々も皆、緑色で。
「そんな……そんなの」
ありえない、と言葉がこぼれた。
「何がありえないんだい?」
「だって……みんな、緑色」
だから、と続けようとしたとき、地面がぐらぐらと揺れ出して……。
「……はっ!」
目が、醒めた。
「びっくりした……全部、夢かぁ……」
まあ、でなければ、第三者目線で他人を見ているのに見知らぬ男や女性を自分と思うわけがないし、実家暮らしなのに久々の帰郷だなんて思わないだろうし、恋人なんていないのに結婚式なんてあげないだろう。
「……朝ごはん食べよ」
ベッドを出た私は、ゆっくりとキッチンのある階下に降りていった。




