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2020/09/27『電話』『受難』『ベッド』

「……あなたは、たいまつや灯台みたいな人だよね」

 同僚の彼女に向かって、そっと呟いた。

「ありがと。そう見える?」

「うん。いつだってあなたは、まわりを明るく照らしてくれる人だから。誰でもみんな、あなたのことを頼りにしているし、あなたと話せば、みんなが笑顔になっていく」

 あなたみたいになりたいよ、と呟くと、彼女はいつでも優しく笑う。

「大丈夫、あなたもたいまつになれるよ。自分で気がついていないだけで、あなただって灯台なんだ。私に出会うずっと前から、遠い遠い未来まで、もちろん今だって、あなたは自分らしく輝いて、自分も他者も照らすことのできる人なんだよ」

「……そうかなあ」

「そうだよ」

 彼女は当然のことのように頷いてみせた。

 それが、不思議でならなかった。

 彼女に関して疑問に思ったことには、ほかにも。

「……ねえ、どうしてあなたは笑っているの?」

 他の人であれば逃げ出してしまうような困難に出くわしても、彼女は逃げない。いや、むしろ笑って、自らその中に突っ込んでいく。辛いはずなのに、苦しいはずなのに、笑顔を決して絶やさない。

「だって、こんなにいい機会はないからだよ。傍目からしたらただの困難だろうけど、私からしたらこれは、苦しみの中の幸せなんだ。苦難は苦難ではなく、不幸のようで幸福なんだ。だから笑うんだよ。絶対に、私は困難を乗り越えられると信じているから」

 そして、彼女はその言葉の通り、必ず困難を乗り越えて、さらに輝きを増していく。

 彼女は、強い人だった。

 あなたみたいになりたいよ、と呟くと、彼女はいつでも優しく笑う。

「大丈夫、あなたはもうすでに強い心を持っているよ。自分で気がついていないだけで。私に出会うずっと前から、遠い遠い未来まで、もちろん今だって、あなたはひとり立ち、困難に立ち向かうだけの力を持つ人なんだよ」

「……そうかなあ」

「そうだよ」

 彼女は当然のことのように頷いてみせた。

 やっぱり、不思議でならなかった。

 ――そう、あの時までは。

 苦しみにぶつかって、あまりに辛くてベッドから出られなくなった、あの時までは。

 立ち上がることさえ辛くて何をする気にもなれなかったそのころ、彼女は毎日のように、いや、下手したら一日に二回、三回と電話をかけてくれた。

「おはよう。無理はしなくてもいいけど、できるなら朝ご飯だけでも食べたほうがいいよ」

「今日の調子はどう? しんどかったらなんでも言ってね」

「あなたの声を、いつでも聴くから。愚痴でも何でもいい、全部受け止めるから」

「少しずつでいい、自分と向き合うことだよ。そうすれば必ず道は開けるから」

「あなたなら大丈夫。私は信じてる」

 その声が、存在が、心の支えになった。そして、心の中でつっかえていた思いを彼女に吐き出し、少しずつ自分と向き合って、ひとり立って、自分を変えようと努力して。

 そうしたらいつの間にか、周りの環境が変わっていた。

「ね、あなたは自分の力で立つことができたでしょ? ひとり立ち、困難に立ち向かうということは、自分が今この瞬間に成長していくということ。そして、成長するということは、それに伴って見える景色が変わり、環境が変わっていくということ。だから、困難に立ち向かう今、この瞬間が、幸福なんだよ。……幸せはね、過去でも未来でもなく、今、このときにあるんだよ」

 再び立つ力を取り戻したとき、そう教えてくれた彼女の言葉が、鮮明に脳に焼き付けられた。

 自分が困難の中立ち上がったあの力は、自分の中にあるものだったのだ。

「……どうして手を差し伸べてくれたの?」

 ふと気になって尋ねてみると、彼女は当たり前のことのようにこう言った。

「身近なひとりを見捨てずに大切にすることから、全てのことが始まって広がっていくからだよ」

 彼女は、そっと手を差し出して、柔らかな笑みを向けてくる。

「――私は誰のことも見捨てたくない。みんなで前を向いていたい。だから、一緒に幸せになろう。共に立ち、前へ進んでいこう」

 その手をそっと握りしめて、頷いた。

 教わった大切なことを、離さないように。忘れないように。

 それからというもの、困難を恐れる必要などないと知り、苦しみから逃げることがなくなった。むしろ自分が成長できるチャンスだと勢いづき、自ら立ち向かうようになった。様々な人から頼られるようになり、かつての自分と同様に苦しんでいる人には手を差し伸べ、まわりを大切にするようになった。

 そんなある日、友人が不思議そうにこちらを見つめて、こう言った。

「……あなたは、たいまつや灯台みたいな人だよね」

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