2020/09/22『甘い』『暴力』『辛い』
ジーパンは、あんまり見たくない。
ありふれた服で、街中に必ず何人か着ている人がいるというのに。
ジージャンも嫌。というか、ジーパン以上に無理。
着ている人を見かけると、速攻で逃げ出してしまう。いや、これは比喩じゃなく、本当に。
……デニムは、辛い過去を思い出させるから。
その人は暴力が得意な人だった。
……まあ、殴る蹴るとか叩くとか、そういうのがなかったわけではない。
でも、どちらかというと、その人は見えない暴力が得意だった。要するに、その人の言葉に私の心は一度壊されたのだ。
そう、壊された。
私は一度、死んだ。
ジージャンをいつも身につけていたその人に、殺されてしまったのだ。
生きる屍など置いておきたくなかったのだろう。その人に家を追い出されて、私はただぼんやりと家の前に立ち尽くしていた。
そのとき、たまたま心優しい人に保護されて、それから長い時間をかけて、壊れた心のかけらを拾い集めながら、今まで生きてきた。
外の世界は、広かった。
辛いこともないわけじゃなかったけれど、以前に比べたら全然苦しくなかった。
そして、私は幸せを知った。
例えば、甘い物を口にしたとき。
誰かの笑顔を目にしたとき。
「ありがとう」の言葉をもらったとき。
大好きな音楽を聞いたとき。
たくさんの本を目にしたとき。
他にも、他にも、沢山の幸せが、今はある。
でも、デニムを見ると、また心にヒビが入りそうになる。つぎはぎだらけの心は、以前よりも簡単に壊れるようになってしまった。
だから、あの人を思い出させるデニムは、なるべく目に入れないように気をつけながら。
少しずつ、前へ、前へ。
私は今日も、幸せになるために生きている。




