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2020/09/08『勇者』『温かい』『酸っぱい』

 桜の花びらが舞う、三月。

 小学校の体育館を出た後、私は親友に声をかけに行く。

「ねえ、怜子」

「んー?」

 間延びした声を出しながら振り返る彼女は、とても幸せそうで、寂しそうでもあった。

 ……そりゃそっか。

 今日は、卒業式なんだもんな。

 卒業証書を握り締めて、私は口を開く。


「あんたは、私にとって勇者みたいな子だったよ」


 私は小さな頃から、いじめに悩んでいた。

 得意なことがあるわけでもなく目立つわけでもない私は、低学年の頃、よくからかわれたりいじられたりしていた。そのせいで、私は笑うことがなくなり、教室の隅で縮こまるようになって、さらにいじりの対象となりやすくなった。


「あ〜、地味っ子ちゃんが泣いてる〜」

「ほんとだ〜」


 くすくす。

 くすくす。


 少しずつ成長するにつれ、いじりはいじめへと変わった。いじめっ子はやけにずる賢く、先生の前では優等生を演じていたため、先生に言ったところで無駄だろうと感じていた。親には心配をかけたくなくて言えなかった。

 友達もいない、味方もいない、ただただ苦しい日々。


 けれど六年生になってすぐ、私に転機が訪れた。


 ある移動教室の日。いじめっ子にノートを隠されたせいで教室に一人残る羽目になった私は、必死にノートを探していた。

「どこだろう……?」

 もうすぐ授業が始まってしまう。焦っていると、誰かが教室に飛び込んできた。

仁瞳(ひとみ)ちゃん、ノートなら掃除用具入れの上にあるよ!」

 パッと顔を上げると、そこにいたのは全然知らない子だった。

「え、あの……どなたですか?」

「えっ? ああ、今までずっと違うクラスだったもんね。仁瞳ちゃんの隣に座ってる、石川怜子だよ」

 ほら、早くノート取らなきゃ! と騒ぐ彼女に、どうしてノートのありかが分かったのかを聞いてみると、どうやらいじめっ子グループの子たちが『今頃掃除用具入れの上にあるノートを探し回ってるんだろうな、地味っ子ちゃん』と笑っているのを聞いたのだという。それでわざわざ教室まで引き返すって……。

「……変わってるね、石川さん」

「でしょ? わたしは『自他共に認める変わり者』だからねぇ」

「認めてるんだ……」

 なんとかノートを掃除用具入れの上から取ると、授業開始のチャイムが鳴った。

「……ごめん、石川さん。私のせいで」

「ううん、気にしないでよ。そんなことよりもさ」

 俯いた私に、怜子はそっと手を差し伸べてきた。

「ほら、一緒に行こ?」

 意外な展開に、思わず顔をあげる。

 怜子は、温かく優しく、微笑んでいる。

 その手を力強く握りしめて、私は頷いた。

「うん……ありがとう」


 その日以来、隣の席の怜子はいつでも私に声をかけてくれた。


「ねえ、仁瞳ちゃん、一緒のクラブ入らない?」

「あ……石川さん、だっけ。別にいいけど……」

 彼女はいい意味で、空気を読まずにぶち壊すのが得意だった。

 このあと一緒に入った料理クラブでの出来事だが、ある時の活動で、料理を作っている間に無言の気まずい雰囲気が流れてしまったとき、怜子は突然材料の一つであるレモン汁を人差し指につけて舐めるなり「うーん、酸っぱい!」と叫んだのである。それがきっかけでみんながどっと笑い出し、居心地の悪い空気が壊れたことがあったのだ。

 しかも驚くべきことに、彼女はこれを意図せずにやっているらしい。本当に驚きしかない……。


「仁瞳ちゃん、次の授業ってコンピューター室集合だっけ?」

「そうだよ、石川さん。……私に構ってていいの? グループの子に嫌われない?」

「大丈夫! わたし、グループなんて所属してないもん。一匹狼で気まぐれにやってるよん」

 怜子は特定の人と仲良くするのではなく、様々なグループに出入りしてたくさんの人と話す『グループ無所属』の子だった。常に誰かといる必要もなく、一人になりたい時にすぐ一人になれるいい立ち位置だと言っていた。実際、突然いなくなったかと思ったら図書館で本を読んでいたり、校庭で一人踊っていて話題になっていたり(さすが『自他共に認める変わり者』である)と、かなり気まぐれに行動している子ではあった。


「仁瞳ちゃん、一緒に遊ぼ!」

「うん! 今行くよ、怜子ちゃん」

 彼女は友達と遊ぶとき、必ず私も誘ってくれた。

 そのおかげで、少しずつ友達が増え、笑うことが増えていった。

 怜子は常に、私にこう言っていた。

『仁瞳ちゃんは、地味っ子ちゃんじゃないよ。ただ、前を向いて笑っていればいいんだよ』と。

 その言葉はきっと正しかったんだろうな、と思う。


「あ、仁瞳ちゃん、次の授業ってなんだっけ?」

「もう、ちゃんと覚えときなって……理科だよ、怜子。理科室で実験やるって言ってたじゃん」

「地味っ子ちゃん、怜子ちゃん、一緒に理科室行かない?」

 いつの間にかいじめはなくなっていて、いじめっ子も友達になっていた。呼び名は相変わらずだったけれど、悪気がないと分かっていたから、まあいいということにしておこう。


 なんだか、辛かった五年間の分の幸せが、一気にこの一年でやってきたかのようだった。


「……今までありがと、怜子」

「わたしも楽しかったよ。ありがとね、仁瞳ちゃん」


 桜が舞い散る青空の下、私たちは泣きながら手を繋いでいた。

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