2020/08/25『希望』『科学』『本』
「……多分、この本にしか、希望はない」
疲れ切った表情の女性が手に取ったのは、一冊の絵本。タイトルも本文もないため、内容を推測しながら読むしかない、そんな絵本だ。
その本の中に登場するのは、髪の長い一人の女の人。白い服を着ている彼女はいい魔法使いだろう、と絵本を手に取った女性は思っている。
何故って、白い服の女の人が出てくるたびに、いいことが起こる。病で倒れた人は元気になり、枯れかけの草は美しい花を咲かせる。
彼女がよき魔法使いでなければ、こんなことは起こり得ないだろう。
この魔法使いに頼めばきっと、願いが叶う。
突然倒れてしまった父親を、助けてくれる。
……そう信じていないと、辛くてやっていけない。
この絵本には、裏表紙にだけ、文字があった。
知らない文字だったため女性にはそれを読むことができなかったが、その文字をそっと指でなぞる。あの魔法使いに会いたいと、願いを込めて。
期待半分、諦め半分。
こうしたら、絵本の中に入れると、思いたくて。
眩い光が絵本から溢れ出してきて、思わず目を閉じて――。
気がついたら、目の前にあの魔法使いが、いた。
「あの、魔法使いさん! お願いがあるんです」
女性は叫んだが、魔法使いは困ったように首を傾げて。
「kbruncg、bfimzsrhjie」
女性の知らない言葉を、話した。
――まさか、言葉が通じないなんて。
一度は絶望したが、それでも諦めきれなかった女性は、魔法使いに向かって身振り手振りでなんとか父親の身に起こったことを伝えようとした。
すると、魔法使いもなんとか理解できたのか、身振り手振りや絵で色々と質問を始めた。
非言語での会話は、もちろん大変だった。しかし、最終的に魔法使いは一つ頷いて、女性にたくさんの錠剤を手渡した。そして、太陽が昇る絵と青い空が広がる昼間の絵、月の絵を描いて、その下に錠剤を一粒ずつ置いた。
「朝と、昼と、夜に、一粒ずつ飲ませなさいってことですか?」
女性がそう言いながら錠剤を飲む仕草をしてみせれば、魔法使いは頷いた。
「ありがとうございます!」
頭を下げたとき、再び眩しい光が女性を包み込んで……。
「……はっ」
気がついたときには、元の場所に戻ってきていた。
「これ……お父さんに飲ませないと」
慌ただしく、彼女はその場を去っていった。
「はぁ……まさか、異世界の人がやってくるとはねぇ。言葉が通じないって本当に困ったよ。本当に」
絵本の中では、『魔法使い』がそう呟いていた。
「でも、なんとか伝わってよかったよ。多分あの病気のことを言ってたはずだから、それに効く薬を渡してあげたんだけど……処方をミスったら、それこそ終わりだからねぇ。大丈夫だといいんだけど」
白衣を着たその女性は、本当は魔法使いではなく、人や動物や、草花のための薬を開発することが得意な科学者だ。
「さて、明日はどんな患者が来るんだか」
人が動物か、植物か。あるいは……科学が存在しない異世界から訪れた人か。
そんなことを考えながら、科学者は遠くを見つめていた。




