2020/08/23『コーヒー』『紅茶』『強欲』
「ねえ、萩本君」
「なんだ、急に」
伊藤が壁に寄りかかりながら、アイスコーヒーのグラスを片手に持ち、声をかけてくる。
「……ううん、なんでもないわ」
困ったように笑う彼女を見ていると、なぜか違和感を覚える。
「なんか今日の伊藤、変じゃないか?」
程よく温かい紅茶を手に取りながら問いかけると、彼女は落ちてきていた黒髪を耳にかけながら、一つだけため息をつく。伊藤の耳につけられたサファイアのイヤリングが、照明の光を反射してきらめく。
「そうよね……私もそんな気がするわ」
大学でコースもサークルも一緒の女友達、伊藤。
夏休み中でサークルの活動日でもない今日、突然彼女から『大学近くの喫茶店で会いたい』と連絡が来て、今に至るわけなのだが……彼女がおれを呼び出した意図が、全く分からない。どうして呼び出したのかと問えば、「なんとなくよ。私もよく分からないの」と言われた。
「ただ、萩本君に今日、会わなきゃいけない気がしたのよ」と。
「ねえ、萩本君」
「どうした?」
一口、アイスコーヒーを飲みこんで。
伊藤はそっと、口を開いた。
「……萩本君は、長生きしたい?」
「ずいぶんと藪から棒だな」
やっぱり、今日の伊藤はなにかがおかしい。
けれど、彼女の表情は真剣そのもので。
「……まあ、できることなら長生きしたいかな。でも、もし明日死ぬ運命だと言われたら、受け入れてしまうかもしれないが。お前はどうなんだ、伊藤?」
少し考えてから答え、問いかけると、伊藤はゆっくりと瞬きをして。
「私は長生きしたいわ。ずっと、永遠に生きていたいぐらいだわ。決して叶わない願い事だけど」
どこか遠くを見るようにして、彼女は言った。
――ねえ、萩本君。
今日何度目か分からないほど聞いたその問いかけに、少しだけ悲しそうな色が混ざっているように感じたのは、気のせいか。
「いつまででも生きていたいと思ってしまう私は、強欲な人間かしら?」




