2020/08/22『童話』『川』『温かい』
お酒を飲んでちょっとだけ酔った時の母さんの頬っぺたは、いつでも温かかった。
「母さん散歩してくるけど、あんたも行く?」
「いきたい!」
夜の九時すぎ、僕は母さんに連れられて外にでる。家の近くにある川に沿って、のんびり歩く。
「かあさん、さむいよ。ほっぺたさわらせて」
そう頼めば、いつでも母さんはそっとしゃがんで、お酒のせいでほてった顔を触らせてくれた。そして「冷たくて気持ちいいわ」と微笑んでいた。
「ぼくもあったかくてきもちいいよ、かあさんのほっぺ」
二人で向かい合って笑いあう、あのひと時が、好きだった。
「ねえ、なにかおはなししてよ」
川沿いを歩きながらそうお願いすれば、母さんはいつでも童話のような物語を語ってくれた。母さんが即興で作った、そこまで長くないお話を。
大人になってから知ったことだけど、母さんは昔、小説家になりたかったらしい。とても面白い話ばかりだったのには、この事実も関係していたのだろうと、今では思う。
「うーん……じゃあ今日は、お魚の話にしようか。この川に住んでいる、寂しがりやの小魚のお話よ」
上機嫌な声でそう言う母さんは、とても楽しそうだった。
冷たい風にあたりながらのんびりと歩き、母さんの作った物語を聞く。
あの幸せな時間は、僕にとっての宝物だ。




