2020/08/15『悪魔』『姫』『怠惰』
「ねえ、ウィル、ちょっと怠け過ぎじゃないかしら」
お姫様が、窓辺で昼寝をしている青年に向かって声をかける。
「いいじゃないですかあ~、大事な時には役に立ってますし~」
へなへなとした声に、お姫様は呆れかえってしまう。けれど同時に、仕方ない、と笑っていた。
「まあいいわ。確かにそうだし。あなたのことは使用人の中で一番気に入っているのよ。だからあなただけ私の部屋に常駐させているんじゃない」
「それ以外の理由もあると思いますがねえ~」
「まあね……ウィル、『夢を見たい』わ」
唐突に笑みを引っ込めて、姫は真剣な声で、呟くように言った。
すると、今まで怠けていたウィルが突然しゃっきりと立ち上がる。
「何でしょうか、ルーリア様」
姫君の足元に跪いて、よどんだ闇の色をした目を向けるウィル。
「使用人の中に、私の首を狙う魔法使いがいるらしいといううわさを聞いたの。それは本当かしら?」
その問いに、彼は少しだけ目を閉じて考えたが、すぐに目を開けて頷いた。
「いますね。ルーリア様を殺し、魔法で自分の姿を変えてルーリア様になりきろうとしているものが」
「消してちょうだい」
姫君は、ウィルにそっと口づけをした。
「分かりました、ルーリア様」
恭しく礼をすると、ウィルはその場から姿を消した。
文字通り、空気になったかのように、消えたのだ。
意地悪な継母にいじめられていたルーリア姫が「彼」と出会ったのは、数年前のこと。
「どうも、かわいそうなお姫様。わたしと取引をしませんか?」
「……とりひき?」
「ええ」
ウィルと名乗った「彼」は、こんな話を持ちかけた。
「わたしは姫君に仕えよう。わたしには叶えられない願いなど、なにもない。なんでも望みをかなえよう。……もし、姫君が死んだ後にその魂をわたしにくれるなら」
ウィルの正体は、悪魔だった。
――もし契約をするなら、名前を教えること。
「彼」はそう言って、ニヤリと笑った。
その笑みを見つめて、姫君は考える。
「……いいわ。取引をしましょう。あなたは今から私、ルーリア=ルーリエのしもべよ。もし私が『夢を見たい』と言ったら、その願いを叶えなさい」
「分かりました、ルーリア様」
それ以来、姫君はウィルを使い、その褒美代わりに口づけを与えてきた。
継母を排除することから始まり、様子がおかしな使用人をクビにしたり、他にもいろいろと望みをかなえてきた。
これからもずっと、二人はそうして生きていく。




