2020/08/13『緑』『真実』『学校』
「やっぱりね、学歴じゃないのよ」
それが、彼女の口癖だった。
ある時は人気のない電車内で、窓の外で膨らむ入道雲を眺めながら。
ある時は歩き慣れた細い小道で、爽やかで優しい風に吹かれながら。
ある時は緑に囲まれた広場で、どこまでも高い空を見上げながら。
彼女は何度も口にした。
「やっぱりね、学歴じゃないのよ」
「大学に行ってない、高校も卒業していないお父さんは、大人になって必死に努力して、勉強して、資格も取って、今では会社の中でも頼りにされる、立派な上司になってるの。お父さんの勤める会社には、学歴がいい人なんてたくさんいるのよ。でもね、それでもお父さんの方が認められてきているの」
――それなら、どうしたらいいの。
何度も何度も、その問いを投げかけてきた。
すると彼女はいつでも、こう答えるのだ。
「学歴じゃないの。どれだけ真剣に目の前にあるものと向き合えるか、ってことなのよ。もちろん、頭がいいってことが悪いんじゃない。でも、いくら知識があっても、それを活かそうとしなければ無駄よ。たくさん知識を学べる環境があっても、もし学ぼうとする意欲がなければ、行動がなければ、結局意味なんてないの。多分ね、それが真実なのよ」
私は、環境が整っていても意欲がなかった、残念な人だから。
彼女はいつでもそう言って、悲しそうに笑っていた。
彼女のようには――母のようにはなるまいと、ずっと努力を続けてきた。
『残念な人』にならないように。そして、父を超えるために。
「ねえ、母さんの言う『真実』に、近付けたのかな」
大人になった今、かつて隣にいた彼女に、そっと、何度も、問いかけている。
けれど、答えはいつでも、自分だけが知っているような気もした。




