2020/08/04『青』『会社』『冷たい』
「ただいま」
「おかえりなさい」
会社から帰宅すると、妻がそっけなく声をかけてきた。
「晩ご飯は南蛮漬け。冷蔵庫の中に入れておいたよ」
「ありがとう。帰りにコンビニでスイーツ買ってきたんだけど食うか?」
ケーキの入ったレジ袋を掲げて見せると、微かに、本当に微かに、妻は頷いた。
「今は少し頭が痛いから、明日食べる」
妻は階段を上がり、寝室に向かっていく。
「分かった。冷蔵庫に入れとくよ」
返事はないが、その沈黙が『分かった』と言っている。
足音が頭に響かないよう、静かに台所に向かい、夕食の支度をすることにした。
冷蔵庫を開けると、青い蓋の大きなタッパーがあった。この中に南蛮漬けがある。食べる分だけ中身を皿に出し、テーブルの上にあったご飯とみそ汁を温めなおす。同じく常温で置いてあったポテトサラダはこのままでいいだろう。
一仕事終えた後だからと缶ビールも用意して、「いただきます」と手を合わせた。
「ん、今日も美味いな」
妻の手料理は、いつ食べてもおいしい。
料理が上手なことも結婚した理由の一つではあるけれど、でもやっぱり、一番の理由はちょっと不愛想な彼女の態度だよな、と、ふと思った。
他の人からしたらただの冷たい人なのかもしれないけれど、不愛想なりのささやかな思いやりが嬉しかったり、気づきにくいちょっとした表情の変化を見るのが好きだったり。
――冷たく見えても、冷たくないんだよな。
そんなことを考えながら、南蛮漬けをほおばる。
「うん、美味い」
妻の手料理は、ビールとよく合った。




