2020/07/29『太陽』『暴力』『現実』
長い眠りから覚めて、辺りを見回す。
「あら、おはよう、萩くん。今年は少し遅かったのね」
一足先に開花していたらしいケイトウが話しかけてくる。僕の隣に植えられている、ふわふわとしたオレンジ色のその花は、僕の一番の友達だ。
「寝坊したつもりはなかったんだけどなぁ。君が早いだけかもしれないよ、ケイトウさん」
「ふふ、そうかもしれないわね」
「俺からしたら、2人ともお寝坊さんだけどな」
そう言ってきたのは、カンナだった。赤とオレンジの間くらいの、鮮やかな色をしている。
「やあ、おはよう。そういう君はいつ咲いたんだい?」
「んー、もう太陽が30回くらいは上がったんじゃないか? 数えてないから正確には分からねえけど」
「あら、それなら確かに早起きかもね」
ケイトウが笑いながらそう言って、楽しげに揺れた。なんだか、とっても幸せそうだ。
と、その時。
人間がこちらにやってきて、偽物の雨を降らせてくれた。慈しむようにこちらを見て、ケイトウに、カンナに、他の花たちにも、同じような目線を向ける。
人間たちは、ここを『ニワ』と呼ぶ。他の季節には別の花たちが咲くのだと、そう教えてくれたのは、ここに遊びにくる小鳥だった。
ここで過ごす時間は、とても幸せで充実していた。
けれど。
毎年、風と雨が意地悪をする季節が来る。目が覚めてから、だいたい60回くらい太陽が昇った後に。いつもはお友達の風と雨が、僕らに暴力を振るう、命がけの時間が。
今年も変わらずに、その日はやってきた。
なんの言葉もなく荒れ狂う風と雨に、僕らはなんとかして耐えるしかない。
「ケイトウさん、カンナ、大丈夫かい!?」
「なんとか! 萩も耐えろよ、ケイトウも頑張れ!」
「ありがとね、2人とも! なんとか踏ん張るわ」
しばらくお互いに声をかけ合っていたが、そのうち、2人の声が聞こえなくなっていく。
……まさか、ケイトウも、カンナも……花を散らされたのか?
「ケイトウさん! カンナ!」
何度も叫んだけれど、返事は、か細くて遠かった。
気がつくと、風と雨の意地悪は終わっていた。
遠くから、カンナとケイトウの声が聞こえる。
「お……、萩! ――ちく……、は……の花が……」
「は……ん! しっ……して!」
切れ切れの言葉は、うまく聞き取れない。
「ケイトウさん、カンナ、大丈夫!?」
叫んでから、気がついた。
……あれ、なんで、前が見えないんだろう?
ケイトウも、カンナも、他のみんなも、何も見えない。
いや、それだけじゃない。音が、全部遠い。2人の声だけじゃなくて、人間や小鳥の声も聞こえない。
――もしかして、本当は。
嫌な現実を、知ってしまった。
――花が散ったのは、2人じゃなくて、僕?
「……あはは」
声が、こぼれ落ちていた。
「なんだ、花が散りかけていたのは、僕だったのか。それなら……もう一度花が咲く日まで、ちょっとだけ眠ることにしようかな」
「萩、……く咲け……! 待っ……からな」
「はや……かないと、わた……ちが枯れ……わよ。は……戻っ……きてね」
2人に、僕の声は届いたらしい。切れ切れの、うまく聞き取れない言葉が聞こえてきた。
多分だけど、こう言ったんだろう。
『萩、早く咲けよ! 待ってるからな』
『早く咲かないと、私たちが枯れちゃうわよ。早く戻ってきてね』
月並みな感想だけど、嬉しかった。
「頑張るよ。……おやすみ」
最後に、呟くように答えてから、そっと意識を手放した。




