2020/07/27『黒』『机』『未来』
やっぱり、もう、未来なんていらない。
僕のことを考えてくれる人が、死んで欲しくないと願ってくれる人がいることは分かっているけど。
けれど、もう、未来なんて欲しくなかった。
だから、立ち入り禁止になっている、学校の屋上に忍び込んだ。
夕焼けが綺麗な、放課後のことだ。
「君の苦しみを、僕らは知ってる」
「出来ることなら幸せになって欲しいと思っていた」
目の前に突如現れたのは、二人の子供。
たぶん、同い年くらいの。
女の子と男の子が、一人ずつ。
「でも、もし君の生きる世界に幸せがないのなら」
女の子が、言葉を続ける。
彼女の茶色い髪が、それを結ぶ黄色いリボンが、同じ色をしたノースリーブのワンピースが、ゆらゆらとなびいている。
「いっしょに、幸せになろう」
「僕らと友達になろう」
少女と少年が、立て続けに話しかけてくる。
――二人のことを、知っている。
僕のことを考え、幸せになってほしいと願ってくれる人。
たぶん、過去に死んでしまった子。
僕が今、死のうとしているのと、同じ理由で。
頭をよぎるのは、今朝見た自分の机。
悪口が所狭しと書かれ、真っ黒になった机。
見た瞬間、何かが壊れるのが分かった。
死のう。そう思った。
黄色い服を着た、女の子と男の子。
僕がいる屋上の縁、その向こう――空中に浮かび上がっている二人のことを、知っている。
前にこうして死のうとしたとき、二人に命を助けられたから。
――ごめんね。あの日助けてもらった命を、僕は今、無駄にする。
そっと、心の中で謝った。
僕は勝手に、二人のことをこう呼んでいた。
黄色い服の子供たち、と。
僕も十分、子供なのに。
いや……同じ子供だからこそ、そう呼んでいた。
「今行くよ、待ってて」
声をかけて、一歩、足を踏み出した。
僕も「黄色い服の子供」になるために。




