2020/07/24『紫』『甘い』『魔術師』
紫色の、怪しい煙が立ち込める一室。
その中で、人の形をした一つの影が動き回っている。
「えっと、あれはどこに置いたかな……早く鍋に入れないと、中身が焦げてしまうじゃないか」
男か女か分からない、中性的な声。
視界の悪い部屋の中をよく見まわしてみると、火にかけられた鍋があった。そこからあの煙は出ているらしい。
「――ああ、あったあった。量はこれくらいで……」
影が、鍋の中に葉っぱのようなものを三枚ほど入れる。すると、紫色の煙が一気に晴れ、甘い香りがあたりに漂い始めた。
「うんうん、悪くはないかな」
どろどろとした液体状の、鍋の中身をかき混ぜながら、影の正体――肩ほどまで伸びた黒髪を持つ、性別の読み取れない顔をした人は呟く。
「よし、これで……」
ニイッ、と口元に笑みを浮かべる。そのまま、その人は鍋の上に手をかざすと、不思議な言葉を口にした。
次の瞬間、鍋の中からまばゆい光があふれ出す。
その人が口にしたのは、一般的には「呪文」と呼ばれるもの――「魔術語」という、特殊な言葉だ。
魔術語を話すその人は、魔術師だった。
「――さて、これで出来上がり」
鍋の中には、先ほどまではどろどろの液体があったはずなのに、魔術の力がなせる業なのか、たくさんの粉が入っていた。
魔術師が腕を一振りすると、鍋の中にあった粉は一瞬で、たくさんの小袋の集まりになった。袋には、『風邪薬 一日三回 一回一包 食後に』の文字が。
「さて、これを街のみんなに配りに行こうかな」
魔術師は得意げに微笑んで、小袋をかごに詰めると、颯爽と部屋を出ていった。




