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2020/07/20『魔法』『占い』『辛い』

 一人の魔法使いが、とある小学校の図書室に佇んでいた。この学校の司書として働いているらしく、首には教員用のネームプレートが下げられている。

 風がないのに、肩ほどまであるこげ茶の髪が、ふわりと揺れる。笑顔の形に刻まれたしわは、彼女がどんな人生を歩んできたのかを教えてくれる。

 抱えているのは、何冊もの本。よく見てみると、児童に雑に扱われたらしく、あちこちが汚れ、破れてしまっている。

「――もう歳だよね、あたしらも。急に立ち上がっちゃうと立ちくらみを起こすなんて」

 ねえ? と、誰かに同意を求めるようにして呟く。もちろん、無人の図書室から返事はなかったけれど、満足げに笑って、彼女は手にしていた本を机に並べた。

 ひとふり、ふたふり。指揮者のようにその上で手を振れば、やわらかい金色の光が降り注ぎ、本は新品同様に綺麗になる。

『物の時を巻き戻し、止める魔法』――この魔法を彼女は、司書になってからかなり多用していた。本を綺麗な状態に戻すにはうってつけの方法だったからだ。


 けれど、魔法は万能ではない。

 そのことを、彼女はよく分かっていた。


 もし、魔法が万能だったら。

 そう考えることが、昔はよくあったものだった。

 もし、物だけではなく花や動物や、人間の時を巻き戻すことができるのならば。

 あるいは、親しい人や自分自身の未来を、占い師のように予知できるならば。

 あるいは――死の運命を、変えることが可能なら。

 魔法という名の力があるからこそ、辛く感じることもあった。

 死にゆく運命にある命を、助けられない。

 大切な人の不運に気付かず、見捨ててしまう。

 やり直したいことがあっても、何もできない。

 自分は、魔法使いなのに。


 けれど、歳を取った今となっては、もう仕方がないことだと思えるようになった。

 時に関する魔法や命に関する魔法がほとんどない理由も、なんとなく分かる。

「分かる……けどねぇ」

 本を片付けながら、彼女は呟いた。

「それでも……諦められるけど、納得できないことはあるかもしれないな、って思っちゃうわけよ」

 理由が分かっているから、諦められる。

 けれど、そのことに納得するか否かはきっと、心の問題なのだ。

「いつか、死ぬ前に『納得』できる日が来るといい。……そう思わない?」

 誰もいない図書室で、問いかける。

 もちろん、返事はない。

 けれど、魔法使いの司書は音のない返事を聞いたらしく、にっこりと微笑んだのだった。

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