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2020/07/18『過去』『電話』『サバンナ』

 サバンナの近くにある宿で、独り、横になっていた。

 夜だというのに、辺りはまだ少し暑かった。

 けれど、心の奥が、しんと冷えていた。

 手を差し伸べる。そんな簡単なことができなかった日から、もう、遠く離れてしまっても。

 節目の日を迎えるたび、心の奥がしんと冷える。

 今日で、あれから二十年だというのに。


 遠い遠い、過去の話。

 まだ旅なんてしていなかった、大人ですらなかった、学生時代のこと。

 目の前で、大切な人のことを見捨てた。

 屋上のへりに立ち、辛いのだと泣いていたその人に、苦しくて仕方がないと悶えていたその人に、冷たい言葉を言ってしまった。

 ――そんなこと言われても、困るよ。こっちにはその痛みも苦しみも何も分からないんだから。

 その人は大きく目を見開いて、ぼろぼろと涙を流して、唇をぎゅっと噛みしめた。

 そして、そのまま屋上から落ちてしまった。

 その口は、かすかに動いていた。

 なんと言ったのかは、分からなかった。


 そのあと、なぜかゆっくりとしか動けなくて。

 のろのろとへりに近づいて、下を覗き込んで。

 ああ、死んだんだ、と思った。

 通報しなきゃ、と思ったんだ。

 どこに?

 どこに?

 救急?

 それとも、警察?

 自分をあの人殺しの犯人として突き出したほうがいいのかな。

 いや、その前に、あの人を病院に。

 のんびりとポケットから携帯電話を取り出して、ボタンを押す。

 いち。

 いち。

 きゅう……。

 ……発信。


 それからのことはよく覚えていない。

 電話で相手に何を伝えたのかも、地上で騒ぎが起こったのかも、誰が来て自分は何をして何を見聞きして、何を言ったのか……全部全部、覚えていない。

 記憶がはっきりしたのは、大切な人の葬儀が終わった後だったと思う。

「ごめんなさい」

 それが、あの人が死んだ後、自分が記憶している中で最初に発した、はっきりとした言葉だった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 あんなことを言わなければよかった。

 もっと優しくすればよかった。

 どうして手を差し伸べられなかったんだろう。

 どうして、どうして……!

 その後、すぐに自死しようとして、ばれて止められた。

 後追いはするな、と言われたけれど、あの人の後追い自殺がしたかったわけじゃないということに誰も気づいてくれないんだなあ、なんて思ったのを覚えている。


 今日は、あの人の命日だ。

 大切な人が自殺した日。

 大切な人を殺した日。

 現実を突きつけて希望を壊した日。

 手を差し伸べることができなかった日。


 あの日、自分の心も一緒に死んだのだろうと思う。

 一部だけ。

 あの人のことを大切に思っていた所だけ。

 その空白を埋めるための旅をしているのに。


 ――本当は、分かっている。

 この穴は、一生埋まらない。

 死んでしまったものは帰ってこない。

 これは、気を紛らわすためだけの旅なのだと。

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