2020/07/17『少女』『怠惰』『メモ』
『ねぇ、あなたには妖精さんの歌が聞こえる?』
隣にいる少女――幼馴染の問いに、ボクは頷く。
『透き通った、綺麗な歌声だよね』
ボクの答えを聞いて、彼女はぱあっと嬉しそうな顔をしたあと、すぐに寂しそうな表情になる。
『……いつでも、この歌が聞けたらいいのにな』
わがままなんだけど、と言って笑う彼女は、何故か、泣いていた。
数日後、彼女は病院に運ばれていった。
幼馴染のボクにも隠していることだったけれど、実は、重い病気にかかっていたんだって。それが悪化したから、入院が決まったらしい。
……ボクは、彼女のために、何が出来るんだろう。
数日間悩んで、思いついた。
妖精の歌を聞かせてあげよう、と。
それからというもの、ボクは妖精を捕まえるために苦労をすることになる。
どうしてって、妖精は結構警戒心が強いからだ。
ボクや幼馴染は例外みたいだけど、ほとんどの人間には妖精の姿が見えないし、声も聞こえない。だから『人間に捕まるわけがない』と油断していると思ったのに。なんでこんなに警戒してるのさ。
やっとこさ捕まえたのだけれど、その妖精は、捕まる前は楽しそうに歌っていたのに、今は全然喋りもしないし、歌いもしない。
怠けてるなぁ、怠惰な妖精だなぁ、なんて思いながらも、病院に連れていってみた。事情が分かれば歌ってくれるかな、なんて希望を抱いて。
妖精を連れてきたボクを見て、彼女は目をまんまるくした。そして、『どうか歌っておくれ、彼女のために』と頼んだボクに、幼馴染はこう言ったのだ。
『やめてあげて……その子を、返してあげて』
どうして、君のために連れてきたのに、と問いかけると、彼女は首を振った。
『その子、楽しそうじゃないもの……妖精さんが幸せに歌ってくれることの方が、私は嬉しいの。それに、妖精さんの会話を昔こっそり聞いたことがあるから知っているのよ、妖精さんは花から離れて生きることができないってこと……その子も、死にかけかもしれないのよ。お願い、私の目の前で、放してあげて』
渋々彼女の言う通り、妖精を逃した。
『ありがとう……』
それが、幼馴染の最後の言葉だった。
この直後、彼女は病状が突然悪化して、死んでしまったのだ。
――妖精が、憎かった。
まるで、彼女の命を奪って去っていったかのように見えたから。
あのまま逃さなければ、彼女は生きていたんじゃないかって、そんなことを思ってしまうから。
だからこれは、ささやかな、八つ当たりの復讐。
花の上でぐうすかと寝ている妖精がいたから、さらってきた。油断してるから、こうなるんだよ。
そして、透明な入れ物の中に妖精を閉じ込めた。決して逃げられないように、必ずボクの目が届くところにいるようにするために。
おや、妖精が起き上がったぞ。
入れ物の中から出ようと足掻いている。
「目を覚ましたかい?」
妖精は、目を丸くして腰を抜かした。
「ずっとね、あの花畑で響くキミの声を聞いていたんだ。どうしてもボクのために歌って欲しくて、それでキミをここに連れてきたんだよ。どうだい、新しい家は。キミの翅みたいに透明で、綺麗だろう?」
笑顔を顔に貼り付けて、嘘と本当が混じりあったような言葉を吐き出す。
「さあ、ボクのために歌っておくれよ」
最後の一言には、思い切り、恨みを込める。
妖精は泣きながら、歌い始めた。
そうだ、もっと涙を流せ。
体内の水が干からびるくらい泣いてしまえ。
幼馴染よりも、苦しんで死ね。
そんな思いを抱えながら、妖精の様子をメモに取ることにした。
健康観察日記ならぬ、衰弱観察日記だ。




