2020/07/09『ベッド』『受難』『過去』
――頭が痛い。
雨が屋根を、地面を穿つ。
音が脳を震わせ、痛めているような、そんな錯覚。
頭痛のせいでベッドから起き上がれない。
せめて憂鬱な雨音だけでも消してしまいたくて、のろのろと枕元のイヤホンとスマホに手を伸ばす。
耳に白い塊を入れて、イヤホンジャックに端子を差し込む。
さわやかな音楽を聞いて、気持ちを軽く……。
再生ボタンを、タップ。
潮の香りが漂う、涼しく乾いた風が吹いてきそうな曲が流れ出す。
海の波のように一気に音の流れが押し寄せて……うう、頭がガンガンする。
空気のうねりである以上、それがどんな音であろうと関係ないのか。
よどんだ空気を吐き出す。
――雨音が聞こえないだけ、まだましだと思おう。
そう決めこんで、目を閉じた。
雨が降り注ぐ海辺に、独りで立っていた。
水面が、雨が、金色に輝いている。
おかしいな、と思って空を見上げると、雲の切れ間から太陽が見える。
狐の嫁入りか、とぼんやり考えた。
――あれ、どうしてこんなところにいるんだろう。
そんなことを思いながら、何も考えずに、本当に無意識に、海へと入った。
波が足をくすぐり飲みこみ、腰を、胸を、包み込んで。
――とぽん、と。
身体と意識は、海の底へと、沈み込む。
「やあ、やっと会えたね」
懐かしい声。
目を開けてみると、海の中で泳ぐ、あの人が。
「……どうして」
初恋の相手であるその人は、雨の日に事故で死んだはずなのに。
遠い過去に置き去りにされた人のはずなのに。
「会いたいと願えば、誰にだって会えるものなんだよ」
海の中で、その人はそっと手を差し伸べてきた。
「再会できないことを証明できる人なんて、いないでしょ?」
その手を、握りしめる。
冷え切った、人形のような手。
けれど、いとしくてたまらない手。
「大好きだよ」
ああ、優しく甘い声でそんなことを言わないでよ。
「それはこっちの台詞だって」
この手を、放しがたくなっちゃうから。
ぎゅ、と握りしめるけど。
あの人はそっとほどいてしまう。
「次は砂漠で待ち合わせしない?」
「迷子になるよ。何にもない場所なのに」
反論するけれど、あの人はいたずらっ子のように笑って、一言。
「目印なんかなくたって、会えるよ」
目を覚ますと、そこはベッドの上。
イヤホンからは、さっきかけたのとは違う音楽が流れ出していた。
「――夢か」
思わず、言葉をこぼしてしまう。
寂しさとむなしさが、心に染みを作る。
けれど、あれはきっと正夢。
そう、信じていたいから。
「――砂漠で待ち合わせ、忘れないでね」
虚空にそっと小指を差し出し、呟いた。
心の染みは、そっと薄れて、消えていく。
頭の痛みは、もうすっかりなくなっていた。




