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2020/06/29『学校』『過去』『苦い』

「おかーさん、本屋さん行こうよ」

 娘に声をかけられて、顔をあげる。

 目の前の笑顔は、時季外れの向日葵が咲いているかのようだった。

「そうだね、行こっか」

 今読んでいたネット小説もおもしろかったけど、最近は新たな紙の本との出会いがなかった。本は生ものともいうし、どんな本があるのかを見に行ってみよう。……あ、Twitterで見つけた興味のある本を買うのもありかも。

 そんなことを考えながら、スマホにロックをかけ、ズボンのポケットに突っ込む。バタバタと駆け出した娘を追いながら、必要最低限のものが入った肩掛けカバンを手に取った。

 こういう時の子供の行動力というものはすごいもので、娘はすでに靴を履き終えていた。この子が靴箱の上に置かれた水槽に向かって口をパクパクさせながら金魚の名を呼ぶ様子は、本物の金魚を眺めるよりも愛らしく癒されてしまう。

「さあ、行くよ」

「うん。いってきまーす!」

 しとしとと雨が降り注ぐ中、私たちは家を出た。


「あ、もう読書感想文コンクールの時期なんだ」

 思わず、呟いていた。

 本屋の棚に貼られたポスターには、課題図書の書影がいくつも並んでいる。

「課題図書も気になるけど、自由図書の部門で書きたいなあ」

 そう言う娘は、読書感想文を書くのが苦ではない子だ。小学一年生の時からずっと毎年書いていて、四年目の去年には佳作をもらっている。

「ねえねえ、この本、気になる! これ買って!」

 そう言って娘が手に取ったのは、課題図書とは全然関係のない文庫本。

「もちろん!」

 娘が通う小学校には、夏休みの課題の中に「何か一つだけでいいので、コンクールに出す作品を作成する」というものがある。両面印刷されたA4の紙に、様々なコンクールの題材や要項が書かれているものが配られて、その中から一つ選んで取り組む、というものだ。

 絵画、絵葉書、ポスター、自由研究、俳句、川柳、書道など、多種多様なものの中に、読書感想文コンクールも含まれている。

 それで本好きの娘は、毎年感想文を書くのだ。

 提出したものを先生に添削されることもないし、全員強制で書かされるわけでもない。必ず課題図書でなければいけない、なんて縛りもない。娘の通う学校の先生は、いい方ばかりだ。

「これで書くの?」

「うーん……まだ時間あるし、ゆっくり考える」

「そっか、それがいいよ」

 ここからは別行動にしよう、三十分後にレジ近くで待ち合わせね、と約束し、娘と別れる。

 単行本のコーナーに向かいながら、苦い過去のことを、思い出していた。


 私自身は、読書感想文なんて嫌いだ。

 本を読むことは相変わらず好きだったけれど、小学校時代の経験のせいで、感想文が書けない。

 Twitterで「素敵な本を読みました」と感想ツイを書きたくても、叩かれるんじゃないかと恐れている自分がいて、結局「こんな本を買いました」と本の写真をツイートすることしかできない。

 私が通っていた小学校は、全員強制で、課題図書の読書感想文を書かされた。

 提出するたびに赤ペンで修正が入り、時にはばっさりと文章を切られることもあった。

 まるで、私の感想が間違っている、と言われたかのような感覚に陥った。

 こんな文章は私の言葉じゃない、私の感想じゃない……そう、思った。

 だから、娘が本を読むときは、どんな感想を持っても、まずは認めた。必ず、認めた。

 昔の私みたいな思いは、させたくなかったから。


「まだ本が好きでいられただけ、救いよね」

 呟きながら、直感が『面白そうだよ』とささやいた本を、手に取った。

 まだ時間はある。

 運命の出会いは、何回できるだろうか?

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