表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
240/430

2020/06/27『路地裏』『甘い』『川』

 飛行機の音を聞いた、と思った。

 半ば反射的に空を見上げるけれど、狭く切り取られた雲の海の中に、飛行機は見えなかった。この辺りでは低空飛行をしているはずだから、雲があっても姿が見えるはずなのに。

「……空耳だったかな」

 路地裏でひとり、呆然と上を向いたまま呟く。

 意味もなく、ため息をひとつ吐いてみる。

 次に息を吸い込んだとき、ふと、ふわりと甘い香りがした気がした。

 懐かしい匂いに包まれて、なんだか泣きたいような、そんな気分に陥る。

 ふっと視線を前に戻すと、すぐ近くの家で咲く薔薇が見えた。

 甘くて、でもくどくはない、大人の香り。

 飛行機事故で死んだ姉の匂いと同じだった。

「……薔薇の香水、好きだったもんな」

 すうっと鼻で深呼吸。

 もう一度道を踏み出すとき、懐かしさが胸を満たしていた。

 その余韻に浸りながら、歩いて、歩いて。

 ……あれ、どこに向かっているんだっけ。

 ふと気になって、足を止めた。

 ……行き先は分からない。だけど、まあ、気まぐれに散歩するのも悪くはないか。

「うん、悪くない」

 そっと呟いて、のんびり、再び歩き出した。

 ……そうだ、姉が好きだった曲でも、口ずさんでみようかな。




 飛行機の音を聞いた、と思った。

 何故か怖くて仕方がなくて、ギュッと耳を押さえつつも、空を見上げていた。私はお休みだけど、仲間が今日も、飛んでいるはずだから。

 広い雲の海を眺めていたけれど、音の発生源は見つからない。

「……空耳、だったのかな」

 周りに誰もいないことをいいことに、呟いた。

 河原をのんびりと歩いていると、心地よいせせらぎが聞こえてくる。

 この世からいなくなった妹のことを考えていたら、川の流れに、あの子の歌声が混ざって聞こえてくる気がするものだから、不思議だ。実際には、全く聞こえてこないのだけど。

「あの子は歌うことと、川の流れを眺めることが好きだったから」

 だから、妹が川で死んだと聞いたとき、思わず呟いてしまったものだった。

『あの子は川にかえったのね』と。

「もう一回聞きたいわね、あの子の声」

 叶わない願望を口にして、河原を後にした。

 さて、このあとはどこに行こう。

 目的地は決まっていない。けれど。

「どこでもいいわ、のんびり歩きましょ」

 ちょっと歩いて。

 軽く駆けて。

 とん、と地面を蹴って。

 ふわり、空へ舞い上がる振りをしてみた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ