2020/06/19『人肌』『本』『怠惰』
『これ、あなたにあげる。大切にしてね』
懐かしい人の、暖かな手。
日向ぼっこをしている時の暖かさに似ている、その人肌の温もりを、よく覚えている。
渡されたのは、小ぶりな本。
垢にまみれて、あちこち破れた、ぼろぼろなもの。
だけど、大切にしていたことがよく分かる、そんな一冊だった。
私は、本を受け取り、うなずいた。
『大事にする!』
あの日から、ずいぶん遠く離れたところまで来てしまった。
変わらず手元にある本を抱きしめながら、私は布団から出られずにいる。
この本を抱きながら寝れば、あの日の夢が見られる気がして。あの優しい日々に戻れる気がして。
けれど、そんなことは決してない。過去には、どうあがいても戻れない。
そう分かっているのに、それを望み続けている自分がいる。
通わなければいけない学校には、行けていない。
布団から出られない日々が続いている。
両親は『怠惰な子ね』と呆れたようにこぼすだけ。
枕元に散らばる飴玉や、もはやラムネとの区別がつかない薬たち。
錠剤を口に放って噛み砕くけれど、もう、味がよく分からない。唯一分かるのは、砂糖の塊――飴の甘さだけ。救いを求めるかのように、カラフルな球体を口に含んだ。
本を抱きしめて、目を閉じる。
瞼の裏に、大切な人の笑顔が見えた気がした。




