2020/06/18『希望』『妖精』『病』
「明日に希望が見えないのなら、過去の幸せに浸ってみるのなんてどうかな?」
少年の目の前に現れた妖精は、そう言って人懐っこく笑った。
「過去の幸せに?」
「そう! 私、いつまでも過去の幸せに浸っていられる場所を知っているよ。……ううん、過去だけじゃない。君が望むなら、どんな場所にでも永遠にいられる、夢のような場所なんだ!」
楽しげに語りながら宙を舞う妖精から、彼は目が離せなくなっていた。
「そんな場所があるの?」
「ええ! 妖精は嘘をつかないもの。……行ってみたい?」
「行きたい!」
力強く、頷いた。
少年はもう、嫌になっていたのだ。病院のベッドの上、病でいつ死ぬか分からない恐怖も、病気を克服してまた外に出られるという希望も持てない、苦しい日々とはお別れがしたかった。
「それじゃあ、目を閉じてね。いいよって言うまで、目を開けちゃだめよ」
可愛らしい甲高い声が、彼の耳に響いた。
「――ほんと、人間って簡単に騙されちゃうんだから」
小さな少年の『命』を握りしめながら、自称妖精――彼女は甲高く笑う。
「嘘は言っていないわ。いつまでも幸せに浸っていられる場所――死の国へ連れて行ってあげたんだから」
きっと少年の『魂』は、時のない世界で笑っているのだろう。自分の『肉体』が滅びてしまったことなど知らずに。『命』を彼女――悪魔に奪われてしまったことなど知らずに。
「まだ幼くて純粋な子供の『命』はおいしいし、力が出るものだから。――それじゃ、いただきまーす」
手に握っていた小さな光――『命』を、悪魔はぱくりと飲みこんだ。




