表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/430

2020/06/17『サバンナ』『現実』『メモ』

「は……?」

 呆けた音が、口から零れ落ちる。

 幻でも、見ているんじゃないかと思ってしまう。

 ――サバンナの真ん中に、グランドピアノ。

 そんなの、現実ではありえない。

 ありえない、はずなんだ。


 手の甲をつねり、その痛みを感じながら、ゆっくりと足を踏み出した。

 グランドピアノに向かって。


 軽やかな音が、風に乗って届いてきた。

「な……なんで、この曲が」

 耳を、疑った。

 世に出ることもなく、録音したデータも存在しない、楽譜も失われてしまった、そんな音楽が流れてきたのだから。

 ――走った。

 走らずにはいられなかった。


 一人の女性が、ピアノを奏でていた。

 その人のことは、忘れようがなかった。

「――あら」

 その人は手を止めると、こちらを振り向いて笑う。

「きっと会えると思っていたわ。よかった、もう一度会えたのね……こんなに大きくなって」

「お母さん……」

 遠い過去、病気で死んだはずの母だった。

「今、弾いてたのって」

「あら、覚えてる? そう、母さんがあなたのために作った曲。久々のピアノだったけれど、指がちゃんと覚えててくれたみたいで弾けちゃったわ」

 なんてことないように、自分の細い指を眺めながら得意げな顔になる母。

 もう一度鍵盤に手を置いて、音を奏でだす。――なんて懐かしくて、恋しい光景だろうか。

「ねえ、覚えていてね」

 音色(ねいろ)に身をゆだねながら、歌うように、呟くように、母は言う。

「死はね、私たちが出会ったという縁を切ることはできないのよ。絶対に私たちは、もう一度会うことができる。もう会えない人たちにも、ね」


 目覚ましの音にたたき起こされる。今日はなんだか、起きるのが惜しかった。

 ――いい夢を、見たな。

 目覚めてしまったから、夢の内容はもうおぼろげなものになっていた。けれど、『夢日記』と名付けたメモ帳を、今日も手に取る。


『2020/06/17 サバンナ。ピアノの音。優しい声が「もう会えない人たちにも必ず会える」みたいなことを言っていたような気がする。このことを忘れないで、と。』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ