2020/06/12『天災』『苦い』『白』
私は、王子様のことを愛していた。
白く美しい毛並みの馬に乗るのがお好きで、けれど民の前では誰に止められても馬から降りて、優しい笑みをすべての人に向ける、心優しいお方。もちろん、容姿も大変麗しい。
だから、本当に驚いたのだ。
ある日、王子様に手を取られ、こう言われたとき。
「――どうか、わたしの妻になってくれないか」
私がそれなりに地位のある貴族の娘であったこともあるのだろうが、王子様は「あなたの目を見たとき、この人しか妻はいないと思ったのだ」と、後々語られていたと聞いた。
流石に突然結婚、というわけにはいかないので、婚約者として城に招かれることになった私は、愛するお方と一緒に暮らせることが嬉しかった。
けれど、幸せは長く続かなかった。
王子様には愛人がいたのだ。
その人は、私よりも美しく、地位もあり、王子様のことをよく知っている方だった。
私よりも彼女と長く時間を過ごしていると知ったときは、苦いものがこみ上げてきた……けれど。
愛しているからこそ、二人の恋を応援したいと思っていた。それに、過ごす時間が短いとしても、正妻は私。ほんの少しだけれど、間違いなく寵愛をいただいていたし、そのときの王子様の愛は本物だと感じていた。だから、邪魔をする必要はないと思っていた。
……思っていたのだ。
なのに、そんな時、私は知ってしまった。
王子様の愛人が、実は王子様を殺すために近づいてきた暗殺者だったことに。
たまたま彼女の部屋の前を通った時、そうとは知らない彼女が誰かと話している声が聞こえたのだ。
「……ええ。すっかり信用しているわ。もうすぐ嵐がたくさんくる季節になる……そのとき、混乱に乗っかって王子を殺すわ。王子の死を天災のせいにできるもの。……大丈夫よ、私はたくさんの人を殺しても、指名手配すらされない殺し屋よ」
――愛する王子様が、殺されてしまう。
それだけは、なんとしても阻止しなければ。
そのためなら……そのためなら、王子様に嫌われても構わない。
苦いものがこみあげてきたが、我慢する。
愛する人の、幸せのために。
そのためには……仕方がない。
翌日から、私は二人の仲を邪魔するようになった。
お城の人たちは態度が急変した私に驚き、そして離れていった。王子様は最初不思議そうにしていたが、だんだん会う日が減っていき、ついに喧嘩をするようになり、婚約破棄寸前まで来てしまった。それでも城に私を連れてきたのは、王子様自身。それを追い返すこともできないため、顔を合わせない日が続いた。
……そんなある日。
嵐が、やってきた。
「王子様、大変です! 馬小屋が壊れて、馬たちが怪我をしていると報告がありました!」
暗殺者の声が響く。
王子様は優しいお方。こんなことを言われたら、冷静さを欠いてすぐ向かうというだろう。
「分かった、すぐに行く!」
……ほらね。
慌てて王子様の後を、追いかける。
外に出て、雨と風が吹き付ける庭を抜け、もう少しで馬小屋に着く、というとき。
キラリ、と煌く銀色が見えた――刃物だ。
王子様と光の間に、飛び込む。
――声が出ないほどの、激痛。
「……ど、どうして」
事態に気付いた王子様の声。ぼんやりと見える、呆気にとられた暗殺者の姿。
「王子様……あの方は、王子様が愛していらっしゃる、もう一人の方は……殺し屋、です……」
こんなに細い声、届くかしら……届くと、いいな。
「王子様……愛しています、永遠に」
闇と幸福が私を包み込み、何も分からなくなった。




