2020/06/10『恋人』『天災』『紫』
「ねえ、萩本くん」
夏休み。大学の、サークル活動中のこと。
構内のベンチに腰かけ、二人で昼ごはんを食べていたら、突然、伊藤はこんなことを言い出した。
「未来のことって、誰にも分からないわよね?」
「なんだよ、急に」
「ふと考えちゃったのよ。明日は何があるのかなぁ、って」
ごちそうさま、と手を合わせてから、彼女は軽やかにベンチから立ち上がる。ペリドットのイヤリングがきらめきながら揺れた。
「例えば」
一歩、二歩、三歩。楽しそうに歩いてから、薄い紫色のワンピースをなびかせ、一回転。
「明日は、萩本くんに恋人ができる日かもしれない」
「まさか」
笑って流したが、伊藤はこちらを振り向いて「まだ分からない未来の『もしも』の話なんだから」と、真っ直ぐな目をして言った。
そのまま突然腕を広げ、また一回転。彼女の、烏貝よりも深い黒に染まった髪が、ふわりと広がる。
「明日、何か大規模な天災が起こって、この場所が荒野になるかもしれない」
その言葉につられてつい、約二年半通い続けてきた大学を見回してしまう。これが全部ひしゃげてなくなるような災害は起きてほしくないな、と思った。
彼女は突然動きを止めて、こちらを振り返り、自分を指差す。
「……もしかしたら、明日、私が不慮の事故で死んじゃうかもしれない」
「そんなこと……!」
そんなことはない、と言いたかった。
けれど、彼女がいう通り、未来のことは何も分からない。断言できることなんて……何も、ない。
「何が起こるかなんて分からない。けれど、それを恐れて生きていたら何もできない。……だから私は」
不意に青空を見上げる伊藤。
あまりに眩しすぎて彼女を直視できなかったけれど、彼女の声は、確かに笑っていた。
「私は、いつ死んでも後悔がないように生きたい」




