2020/06/04『海』『白』『雨』
中学校の教室からは、海がよく見えた。
あの子と一緒に歩いた、海が。
幼馴染のあの子は、いつでもふんわりと笑う、少し気弱だけど、優しい子だった。
あの子と一緒に、大きくて白い入道雲が浮かぶ海を歩くのが好きだった。
小学生の頃は、週に一度は必ず一緒に、砂浜を散歩した。いつまでも仲良しでいようね、なんて約束を交わしながら。
あの子と顔を合わせなくなったのは、中学生になってすぐのこと。クラスが違う、ということもあったけれど、主な理由は、それじゃない。
ある雨の日。帰ろうとしたら、ずぶ濡れになって立ちすくんでいるあの子がいて。私はたまたま折り畳み傘を持っていたから、それを彼女にさしかけ、名を呼んだ。……けれど。
「――来ないで」
睨み付けるようにして私を見ながら、彼女は絞り出すように言った。
心優しい彼女が、ふんわりと笑う彼女が睨みつけてくるとは思わなくて、気圧されて私は一人で帰った。
けれど、その道中で疑問が浮かんできた。
――あの子はいつでも折り畳み傘を鞄に入れていたはずだけど、それはどこにやったのだろう?
答えは、翌日、すぐ分かった。
部活で仲良くなったばかりの、あの子と同じクラスの子がひそひそ声で教えてくれた。
「えっ? あの子と仲良いの? ……それ、隠しときな。今、あの子……いじられてるから」
いじられてる、なんてオブラートに包んでいたけれど、要するに、あの子はいじめにあっているらしかった。
彼女が持っているはずの折り畳み傘は、隠されたか壊されたか、彼女が使えないようにされてしまったのだろう。そして、昨日のあの子の態度は……私を、いじめに巻き込まないための優しさ、なのだろう。
それ以来、私はあの子と顔を合わせていない。
あの子に声をかけることも、笑いかけることも、しなかった。
どうして、話しかけられなかったんだろう。
笑顔を向ける、そんな簡単なことが、なんでできなかったんだろう。
――あの子が不登校になったらしい。
部活の朝練でそんな噂を聞いた私は、海を見ながら考える。
あの子の家に行って、声をかけてみようかな。
『ねえ、海に行こうよ』って。




