2020/06/02『色欲』『現実』『姫』
居場所のない家から、逃げてきた。
ボロを纏って、慌てて駆けた。
今のうちに。
色欲の強い父親が隣町に出かけている隙に。
荷物なんてない。うちはあまりにも貧しすぎた。
てとてと、とたた。
転びそうになりながら、慌てて逃げた。
行くあてなんてない。
近所付き合いも、親戚との付き合いもない。
友達もいない。誰も頼れない。
ひたすら、家から離れたくて。
てとてと、とたた。
目をそらせない現実から、逃げるかのように。
てとてと、とたた。
ただただ、走る。
てとてと、とたた。
てとてと、とたた。
不意に、誰かにぶつかった。
ふわり、柔らかな肌触りと。
甘くて優しい不思議な香り。
鈴のような声が降ってきた。
「あら、大丈夫? 怪我はない?」
すみません、と謝って。
てとてと、とたた、走り出す。
「あ、ちょっと待って!」
――振り返る。
上質な服を着た女性だった。
「あなた、これからどこに行くの?」
「……行くあてはありません。けれど行かなければ」
「どうして?」
「家に、私の居場所は無いのです」
父親はまともな職にも就かず、怠けて。
娘の私を「女」と見て……。
……何度、襲われたことだろう。
昼も、夜も、関係なく。
「……ねえ、私と一緒に来ない?」
女性の言葉に、驚いた。
「もしも居場所がないのなら、私が探してあげるわ」
その言葉が嬉しくて、ついて行った。
――その女性は、この国のお姫様だった。
私は、姫様の侍女となった。




