2020/05/30『伝説』『リアル』『森』
――これは、本当にあった話だよ。
そう言うと、少年は疑いの目を向けてきた。
「おじさん、いつも作り話ばかりするじゃない」
――おや。一度も嘘なんて言ったことないよ?
「……とりあえず、聞かせてよ。本当かどうかはともかくとして、おじさんの話は面白いからね」
……ま、いいか。私は咳払いをして、話し始める。
でも、今日だけは、リアルな話なんだよ。信じてもらえるかどうかは、関係なく、ね。
昔、あるところに至って普通の男の子が暮らしていた。うん、人前だとちょっと気弱で、おどおどとした感じの男の子さ。ふわふわっとした茶髪が、まるで犬みたいでね……本当に可愛らしい子だね、って周りの大人に言われるような子だったよ。
その子がね、ある日森に行ったんだよ。ひらひらと飛んでいく蝶々に「いってらっしゃい」なんて声をかけたり、近くにやって来たリスに「やあ、元気?」なんて問いかけたりしながらね。
そうしたら、突然森がざわめきだしたのさ。ざわざわ、ざわざわ……って。そして、たくさんの声が聞こえ出したんだ。
『もしかしたらあの子が?』『きっとあの子だ』『あの子が伝説の子だよ』『可愛らしい男の子だねぇ』……突然響き渡った声に、その子はもちろん驚いたさ。そりゃあ、ちょっとばかし気弱な子だからね。
腰を抜かしかけながら、その子は勇気を振り絞って叫んだんだ。
「……誰?!」
するとね、クスクスって笑い声が辺りに響き渡って、こう言ったんだ。
『分からないのかい?』『君の周りにいるだろう?』『ほら、ぼくらだよ』『この森の木さ』
男の子はほっとして、声を張り上げた。
「なんだ、森の木さん達だったのかぁ。こんにちは。でも、僕は伝説の子じゃないよ」ってね。
『いや、伝説の子だよ』と、とある木が言った。
『知らないのかい? 草花や、私たち木や、虫や動物と話せるのは、君だけだよ』『君の友達や親戚は話せないだろう?』『君は特別な子なんだよ』
森の木々は、少年にとある伝説を教えた。
――人間は普通、違う種族とは話せない。けれど、たった一人だけ、他の種族と話せる人間がいる。その人間は、大人になると時を止め、永遠に生きる定めを持つ。何故なら、他の種族と人間との橋渡しになる存在だから――。
『ようやく見つけたよ』『嬉しいねぇ』
そんな風に祝福してくれる声を聞いて、少年はなんだか嬉しい気持ちになった。
……でも、その後、気が付いたんだ。
他の生き物と人間の橋渡しになる定めなら、人間と仲良くならなくちゃ、ってね。
だから、ちょっと気弱でおどおどとしていた少年は、勇気を出して人間と仲良くなる努力を始めたのさ。今までは、人間以外のものとしか上手く喋れなかったんだけどね……ああ、家族とはちゃんと話せていたから、それだけ訂正しないとね。
まあ、少年の努力は実を結んで、彼はたくさんの人間と仲良くなれるようになった。
それが大体……三百年くらい前の話、かな。
――おしまい。
そう言うと、話を聞いていた少年はむすっとした顔になった。
「……やっぱり冗談じゃないか。木や草花や、動物と喋れる人なんて、いるわけがない」
――おや、そう思うかい?
そう問いかけてみると、彼は困ったような顔になった。
『ねえ、困らせるのはやめなさいよ』
頭上から、甲高い声が聞こえる。
『そんな話、人間が信じると思う?』
――いいや、思わないさ。けれど、話してみたくってね。たまにはいいだろう?
『まあね……あんまりその子を困らせないでよ。あたし、その子のこと気に入ってるんだから』
――はいはい。ほら、あっちでお仲間が呼んでるよ。
『あらっ、ほんとだわ。ありがと、教えてくれて。じゃ、あたしはこれで失礼』
辺りを飛び回っていた小鳥が、少し離れたところにいる鳥の元へと飛んでいく。
「……おじさん」
――なんだい?
「おじさんって……何歳なの?」
――いつも言ってるけど、君の想像に任せるよ。
ふっ、と少年は黙り込む。
わたしはその様子を眺めていた。
……本当は三百十三歳だと言ったら、彼は信じるだろうか?




