2020/05/29『絶望』『黒』『菓子』
「そんな絶望したような顔は、君には似合わないよ」
あなたはそう言って、へにゃりと笑った。
「どうだい、気分転換に外に出ないかい?」
すんなりとあなたの言葉を聞き入れてしまったのは、きっと疲れすぎて考えることすら面倒だったからなんだろうな。
家を出て、あなたに手を引かれながら、思い出す。
ここ最近は、ずっと毎日がしんどくて。
分厚くて固い壁をずっと小さな拳で叩いて、穴を開けようとするような。そんな、意味があるのかないのか、分からないようなことをずっとしていた。夢を叶えたくて。ただ、その一心で、壁を叩いていた。拳の痛みや流れ出す血はひたすら無視して、ずっと、ずっと、叩き続けていた。
けれど、夢を叶えたいと願うなら、何かを犠牲にしなきゃいけないんだろう。そんなことをぼんやりと考えていた。
だから、仕方ないって思っていたんだ。ゆっくりと自分の心に流した血が染み込んで、どす黒く染まっていったとしても。心が色を失っていくと同時に、体が重くなって、目の前に広がる世界さえ色を失っていったとしても。それでも、自分の心と体に鞭を打って、夢を叶えようとしていたんだ。
「……着いたよ。ほら、顔を上げてごらんよ」
あなたの声が耳にじんわりと染み渡って、わたしは顔をあげる。家の近所にある植物園に着いていた。そして、そこにあったのは……。
「……綺麗……」
「君、ここで毎年、この時期にやってるイルミネーションが好きだって、前に言っていたじゃない? だからさ、一緒に来てみたかったんだ」
青、白、赤、緑、黄色……色とりどりの光が明滅する。リボンを象ったもの、木を象ったもの、本物の木やベンチの背もたれに電飾を巻き付けたもの……毎年見ているはずなのに、今年のイルミネーションは、いつにも増して綺麗だ。
「……あっ」
ふと、気が付いた。
「色が……分かる」
白と黒しかないはずの視界に、色とりどりの光が見えている。そんなこと……信じられない。
「君は頑張りすぎる人だからね。色が分からなくなるほど心が疲れているのなら、休む時間が必要だと思うんだ。休んだところで誰も君を責めやしないし、君は自分を責める必要もない。だからさ、今だけでも」
あなたはそう言って、青い光に包まれたベンチにわたしを座らせ、その隣に自分も腰掛ける。そして、そっと何かを手渡してくれた。
「……わたしが好きなお菓子」
「最近、君は大好きな甘いものすら食べてないじゃない? だから、ね?」
ほろり、目から何か温かいものがこぼれ落ちる。
「……ありがとう」
袋を開け、大好きなお菓子を口にした。
疲れが、ゆっくりと消えていく気がした。
2020/05/30 0:52
誤字があったので修正しました。




