2018/04/01『過去』『海』『少女』
「私の前世は、魚なの」
不意に彼女は口にした。
「私には、人の前世が見えるの」
まさか、と笑うと彼女は微笑んで言った。
「なら貴方の前世も教えてあげる。
——貴方の前世は小さな男の子。生まれつき持った病気で幼くして死んでしまった男の子だよ」
迷いなど、微塵もなかった。
まさか。
まさかとは思うけど……。
僕にいつも死に対する恐怖が付きまとっているのを感じているのは……前世の男の子の影響なのだろうか?
そういうと、彼女は「きっとそうだよ」と言った。
だって、と彼女は続ける。
「私の前世は魚。だからかな?私はいつも、海に帰りたかった。気がつけばいつも、吸い寄せられるように海へと向かっていた」
彼女は後ろを振り返り、眼前に広がる海を見つめた。
崖の上に立つ彼女と僕。
「そして私は、ずっと……」
崖の淵へと、彼女は歩みを進める。
——危ない。
思わず手を伸ばすけど、届かない。
怖くて、足が進まない。
彼女がこちらを振り向く。
「……この瞬間を待ち望んでいた」
こちらを向いたまま、彼女は海へと吸い込まれていく。
「……!」
声が出ない。
僕は怖さを忘れて崖の淵まで走る。下を覗き込むと、黒々とした海が広がっているばかり。
大声で彼女の名を呼んだ。
『私はかえっただけだよ?』
そんな彼女の声が聞こえた、気がした。
『私はかえっただけだよ?』の「かえる」には、前世である魚に還るという意味と、海に帰るという2つの意味を込めました。