2020/05/14『妖精』『電話』『未来』
パソコンを起動させてWordを開いた時、見知らぬ相手から、電話がかかってきた。多分。
番号非通知はやめて欲しいなぁ、と思いながら、スマホの画面で光る緑色のボタンを押した。
「……もしもし」
「あ、繋がったね。もしもし。令和二年の穴澤涼で合ってるかな?」
なんだかふざけたようなことを言っている。
「今が令和二年であることなんて、当たり前じゃないですか。どなたですか、悪ふざけなら切りますよ」
「悪ふざけじゃないってば。酷いなぁ。でも……懐かしいなぁ。確かに二十年前の僕はそう答えたね。確か五月十四日、外出自粛で疲れた頃に、番号非通知の電話がかかってきたから、つい苛立ってね。というわけで、僕は二十年後の君さ。未来からの電話を受け取った第一号の人が君、というわけだよ」
「……はあっ!?」
全く、外に出られなくて苛立っている時にこれはないだろう。
「なんの冗談ですか、本当に!」
「疑うなら当ててあげようか。ついさっきまで、大学のオンライン講義を受けていたはずだ。確か二限が数学で、三・四限が落語家の先生の講義だったね。そうだろう? で、これから君はしあさってまでに提出しなければならない小説の企画書を仕上げるところだ。そして夜には高校時代の友達とオンライン飲み会の予定だ。どうだい? 合ってるだろう? あ、ちなみに朝ごはんは白いご飯にキムチとスープ、昼ごはんはそばめし、晩ご飯は……ああ、まだか。まあ予言するのも面白いかもね、魚の粕漬けだ」
……夜ご飯以外は当たっている。これでもし、このあと食卓に魚の粕漬けが出てきたら……うう、考えたくない。けれど、こいつが未来の自分だということは認めなければならないようだ。
「……分かった、認めるよ」
「どうも。……おっと、そろそろ『妖精』の力が切れそうだ。時間を超える電話はこれが一号機だから、まだまだ効率が悪いんだそうだ」
……待て、なんか科学とは程遠そうな名前が聞こえたんだが。
「『妖精』って……」
「ああ、二十年前はまだ発見すらされていないんだったね。僕も専門じゃないから詳しくは知らないけど、時を超える系の科学を使うときに必要になるエネルギー源があるんだよ。それを『妖精』って呼ぶんだ」
ちなみにこの電話、高校時代の友達の小池が作ったやつなんだよ、と未来の僕は言った。
「今日オンライン飲み会なんだろ? 小池に言っといてくれよ、絶対に夢は諦めるなってさ。必ず叶うからなっt……」
ぷつん、と電話は切れた。『妖精』の力が尽きたのだろう。透き通った翅で羽ばたいていた妖精が力尽きて倒れ、光となって消える様子が思い浮かび、ちょっと悲しくなった。
「……なんか、不思議な時間だったな」
そっと、開きっぱなしだったパソコンのタッチパッドに触れる。真っ暗だったディスプレイはふわりと光を取り戻し、Wordの画面を表示した。
さて、気を取り直して、小説の企画書を書こう。
そのうち、階下からふわりと、魚の粕漬けを焼く匂いが漂ってきた。




