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2020/05/12『ロマン』『恋人』『暴力』

 そこには、誰もいなかった。

 戸惑いと、寂しさ、心細さ……そんな感情たちが襲いかかってくる。

「ゆうき、いる?」

 恋人の名を呼んだ。いつも、そばにいてくれる人。優しく微笑んで手を握ってくれる人。心地よい音の響きで「ひろ」と呼んでくれる人。

 ……返事は、ない。

 暗闇の中、一人ぼっちみたいだ。


 あまりに心細かったから、目を閉じてゆうきのことを考えた。


 もうすぐゆうきと付き合い始めて二年目になるから、そのお祝いをしようと計画を立てていた。もちろん、ゆうきには内緒で。

 付き合って欲しいと言われた時に、訪れていたレストランを予約した。結婚して欲しい、と言うならここしかないと思っていた。婚約指輪を買えるほど裕福ではないからバラの花束をプレゼントしよう、なんて考えていた。

 小説の中でしか起こり得ないような、ロマンのある一日にしよう、なんて思っていた。


 思っていた、はずなんだけどなぁ。


 ゆっくりと、記憶が蘇ってくる。

 見ようとしていなかった、思い出したくない記憶が。


『……ひろっ!』


 ゆうきの悲痛な声が、聞こえた気がした。


 ある晩、二人で歩いていると、目の前に人影が現れた。

 その人は「久しぶり」と何気ないように言った。けれど、その声は悪意に満ちた、恐ろしい声で。

「……あきとはもう、別れたのに」

 そう言ったのは、ゆうきだった。「知り合い?」と小声で尋ねれば「昔付き合ってた、あき。……ずいぶん前に別れたけど」と答えられた。

 けれど目の前の人――あきは、にこにこと笑いながらこちらに近づいてくる。

「別れた? 何のことを言っているのかな? ゆうきのことをこんなにも愛しているのに、別れるわけがないよね? 突然消えて驚いたよ。随分と探したんだから。さ、帰ろう」

「嫌。あきなんかと付き合っていられない」

 小声で「行こう、ひろ」と声をかけられ、一緒に逃げようと、回れ右をして駆け出した。

 その場は何とかなったが、あきという人は、執着心が強かったらしい。

 数日後、自分一人で歩いているときに、再会した。

「あんただろ、ゆうきをたぶらかしたのは」

「たぶらかしてなんかいませんよ。あなたの存在だって、昨日初めて知ったのに」

「嘘をつけ! お前のせいでゆうきは騙されたんだよ!」

 ――殴られた。抵抗しようにも、その術を知らないのと、連続して暴力を振るわれるせいでできない。

 まるでサンドバックにされたかのようだ。

 最後に近くの石塀に頭を強く打ち付けられ、意識が遠のいていって。

 そのとき、ゆうきが「……ひろっ!」と叫ぶ声が、聞こえた気がしたんだ。


 そのあとのことは、知らない。

 ……ゆうきはどうなった?

 あの元恋人に、復縁を迫られたりしていないだろうか。

 あるいは、自分と同じように暴力を受けたりしていないだろうか。

 不安で不安で仕方がない。けれど、ゆうきのもとに戻る方法が分からない。

 この暗闇の世界を、どうやって抜け出せばいいのだろう?


 自分が闇に溶けていってしまいそうな、そんな感覚に陥りながら、ただ愛する人のことを想った。

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