2020/05/11『伝説』『方言』『揺らぎ』
雲ひとつない、気持ちよく晴れた空を、鳩は飛ぶ。
『本当に《夢の鳩》っているんだねぇ。お母さんの話は本当だったんだ。……よかった、《夢の鳩》さんがいてくれて』
背中の方から響く、方言でなまった言葉を話す声。あどけなさが残る、幼い少女の声だった。
それを聞いて、鳩は自分のことを誇らしく思う。
人よりもカラフルで色に溢れた世界の中で、ひとの目には見えない揺らぎを見つけ出す。
空が揺らぎ、歪んでいる場所がひとつ。
そこに鳩は、飛び込んだ。
次の瞬間、広がったのは暗闇。
『わあ、暗いねぇ』
背に乗る少女――正確には少女の魂だ――が、そう言った。
『ねえ、道が分からなくならないの?』
方言でそう問いかけてきた彼女に、返事をする代わり、鳩は一声鳴いた。
『大丈夫だよ』と伝えるために。
だって《夢の鳩》だから。道に迷った死者を死の国に導くのが仕事だから。自分には目的地までの道が見えるから。だから、大丈夫だよ、と。
やがて鳩は、死の国の手前にある花畑にたどり着いた。そこでそっと魂を下ろすと、少女の姿をした魂はニコッと笑った。
『ありがとう、《夢の鳩》さん。あなたのおかげで、私はここに来れた。これから川を渡って、死の国に行ってくるね』
あたたかくて優しい、不思議な響きでそう言った彼女は、少しずつ鳩から遠ざかっていく。
それを見届けて、鳩は現世へと舞い戻る。そして、とある大学で居眠りをしている女性の中へと入っていった。
ふと、講義中に眠ってしまった女性は目を覚ます。
「ふわぁ、寝ちゃってたか……」
……にしても。
小さな声でボソボソと喋る教授の声を聞きながら、彼女は考える。
「最近、ずーっと鳩になって空を飛ぶ夢ばっかり見るんだよなぁ……何でだろ」
ふわぁ、ともう一度あくびをして、眠気に抗いながら、女性は講義を受けた。
――あなたは『夢の鳩』という伝説があるのを、ご存知だろうか。
眠っている間に魂を鳩の姿に変え、死の国への道を見失い迷っている死者の魂をその場所へと送り届ける者――《夢の鳩》がいる、という伝説だ。
《夢の鳩》本人は、自分がそうだと気付かない。何故なら、魂を鳩の姿に変えている間のことは「夢の中のこと」と記憶してしまうからだ。
2020/05/11 23:21
誤字があったので修正しました。




