2020/05/08『傲慢』『現実』『ガラス』
ガラス製のグラスが吹っ飛んできて、肩に当たる。
床に落ちたそれは粉々に割れて、凶器へと姿を変える。
「いい加減にしなさいよ!」
目の前にいる、傲慢な女性。私のご主人様。
今日は料理の味付けに不満があったらしいが、ご主人様の料理を作っているのは私ではない。本来ならば、怒鳴られる筋合いはないし、あまりに理不尽すぎることだ。
けれど、いつも怒られるのは、料理を運び、下膳する私。
「こんなもの、まずくて食べられないわ!」
ご主人様はそう言うなり、そばに控えていた執事にゴミ箱を持ってこさせると、料理人が苦労して作ったものをそれにぶち込んだ。
「口直しのワインと、今度こそはおいしい夕食を持ってきなさい。今すぐに!」
私の隣にいた同僚が、急いで厨房へと戻っていく。
……ご主人様は、魔法か何かで料理がすぐに出てくるとでも思っているのだろうか。
もしこの世界にそんなものがあるのなら、ご主人様の性格を変えたいところである。
「どうしてそんなところで突っ立っているの!? 早くそのグラスを片付けなさい!」
言葉とともに飛んできたのは、汚れたお皿。今度は私に当たることなく、床に直撃。皿にこびりついていたソースが飛び散る。
「……はい」
割れたグラスや皿の破片をかき集め、心優しい執事が持ってきてくれたゴミ箱にそれを捨てるうちに、破片で指を刺し、皿の汚れが付き、私の手は血とソースまみれになった。
けがをした時の痛みが、まだわずかに残るソースのぬくもりが、これが現実であることを教えてくれる。
……ああ、これが夢であればよかったのに。




