2020/05/05『姫』『人肌』『学校』
学校には行けない代わりに、わたしには専属の家庭教師がいる。
校舎は私が住む家全て。
先生は優しい男の人、オーネス。
オーネスは何でも知っている。
わたしに必要な知識も、この国の成り立ちも、いろんな国の言葉も、算数も、鳥や雲や、動物、植物の名前だって。
頼れるお兄ちゃんみたいなオーネスのことを、わたしは信頼している。
「さあ、今日はこの教室から飛び出して、庭での課外授業にしましょうか?」
「ここから飛び出すのはいつものことでしょ。行きましょう! わたし、外に出るの、大好きよ」
オーネスは顔をくしゃくしゃっとして笑うと、わたしの手を取り、転ばない程度のちょうどいい速さで駆けだした。
もちろん、お姫様が走っちゃいけないのは、わたしもオーネスも分かってる。でも、今だけは特別。ちゃんとお父様やお母様にも許可は取ってある。いつでもおしとやかにしていなさい、なんてわたしには無理だわ。しかも、こんなに心躍るときにそれを我慢するなんて、どう考えたって不可能だと思わない?
今日庭で教わるのは、花の名前。
図鑑でもいいんだけど、本物があるならそっちのほうが何倍もいいってオーネスは言うの。
わたしも実物を見れるほうがいいと思うわ。
オーネスは教えてくれた。庭師の人が抜いた雑草にも一つ一つ名前があって、どれも可愛らしい花を咲かせるんだっていうことを。
黄色い花、水色の花、他にも……。どれもとっても可憐できれいだった。
「いつか雑草だけを集めた花壇を作りたいわ」って言ったら、「それは素晴らしいですね、僕も見たいです」と微笑んでくれた。
「――ねえオーネス、あの花はなあに?」
赤やオレンジやピンク色をした、花弁がたくさんのお花。
「ああ、あれですか。ダリア、という花ですよ。一輪、もらってきましょうか」
オーネスは近くにいた庭師さんに頼んで、ダリアの花をもらってきた。
「花言葉は『優雅』と『感謝』。大切な人に贈るのにはぴったりの言葉ですが、『裏切り』『移り気』などの良くない意味もありますので、ちゃんと花言葉を添えて贈らないと、意味を勘違いされますよ」
この花は『優雅』な姫様に、とオーネスはそれを私の髪に飾ってくれた。
わたしは「ちょっと待っていてね」と言ってから、庭師さんに同じ花をもらってきた。
「オーネス、いつもありがとう。『感謝』の気持ちを込めて、あなたにあげる」
髪に飾るのは似合わないから、胸ポケットに入れてあげた。
するとオーネスはちょっと驚いたような顔をしてから、わたしの手を取り「ありがとう」と言った。
笑いながら泣いたオーネスの手は、お日様の光みたいに温かかった。




