2020/04/26『空白』『高層』『色欲』
「……罪など、犯した記憶はないのに」
「記憶ならありますよ。間違いなく、ここに」
目の前のロボットが、パソコンを指でつつく。
コツコツ、という音に、少し、苛立った。
一つため息をつきながら、呟くように口にした。
「確かにそこに、全てのものがあるのでしょうが、でも、わたしはやっていないんです」
――ロボットに管理される世界、か。
ぼんやりと、そんなことを思った。
脳に埋め込まれた機械から常に発信されているデータは、脳の働き全て。それを受信し、保存する施設が何処かにあると聞いている。その大元のデータを一部複製したものが、目の前のパソコンにあるというのだろう。
いや、きっと目の前のパソコンに保存されたデータは、それだけではない。
街中に張り巡らされた、監視の目。死角のないように設置された防犯カメラの映像も、きっと、ある。
罪人が集められる都市『大罪の園』の、とある建物の中。取調室のような単調なデザインの部屋で、更生担当のロボットと向かい合い座るわたしは、色欲の罪で捕まった。全く、自覚がないのに。
「とりあえず、見てもらいましょうか。更生のためには、まずは罪を認めるところから始めなければなりませんからね」
ロボットはそう言って微笑むと、パソコンをいじり、その画面をこちらに向けた。
流れてきたのは、防犯カメラの映像。
高層ビルが立ち並ぶ、煌びやかな街。
人混みに紛れ、歩くわたし。一人の見知らぬ少女を抱いて、何処かへと去っていく。
「……これ、いつの話です? こんな記憶、ないのですが」
「まだそんなことを言っているのですか? 先月の25日ですよ」
「先月の25日……」
その日のことなら、よく覚えている。
会社の上司に、理不尽なことで、こっぴどく叱られた日だ。そのあと、家に帰るために電車に乗り込んで……。
……電車を、職場の最寄りで降りたのだ。翌日の、朝に。
ぽっかりと、記憶に空白がある。
次に映し出されたのは、とあるホテルの一室だった。
そこでわたしがしていたのは……色欲の罪で捕まるような、そんな内容のことで。
こんな記憶、わたしは、知らない。
知らない……はずなんだ……。
どうして……目の前が、霞んでいく……。
ふと気がつくと、わたしは牢の中にいた。
「……あれ?」
「どうしたんです?」
あのロボットが、檻の向こう側にいる。
さっきまで、わたしとそれは、机を挟んで向かい合っていたはずなのに。
「いつの間に、ここに?」
「……やはり、そういうことですか」
ぽつり、呟くようにロボットが言った言葉の意味が、分からなかった。
「いずれ、お話ししましょう。それでは」
わたしに混乱を残したまま、それは、立ち去っていった。




